26-1 御菓子の家へ
「それで、準備って具体的には何をしておくつもりなんだ?」
「……」
「……ノープランか」
「違う、今考えているの」
「………」
「………」
「とりあえず、あの屋敷の所有者を確認するとか、か」
建物の登記でも調べればわかるだろう。
「あーうん。まずはそれね」
おい。
「屋敷の中の調査は……サーチの魔法の類はやめておいた方がいいとして、どうやってやるか」
「それなんだけど、魔法式をいじったらいけないかな」
「?」
手持ちのメモ帳に魔法式を書き出してこちらに見せてきた。そこにはサーチの魔法に転移魔法の一部式が書き込まれていた。
「要は…敵が魔法使いの場合、サーチの魔力反射からこちらの位置を割り出されちゃうって話だよね。だったら、発信源が分からないようにその位置を転移させておけばいいんじゃない?」
「使用者の発信位置を偽装するってことか」
「そういうこと」
「だめだ、これだと位置関係の解析もずれておかしくなる。それも合わせる必要があるから――」
いろいろと魔法式をいじって、クロエと議論を続けた。
「――できちゃったね」
思いがけず、対魔法使い用のサーチが出来上がった。少し中身をいじるだけでアイテムサーチ、トラップサーチといろいろなサーチ系の魔法として使える。
「これ、魔塔に申請したら結構儲かりそう」
「やらないぞ」
「わかってるよ。こんなの申請したらぜったい怒られる」
この魔法は軍事的に禁術に指定されそうな気がした。
「……陽動にも使えそうだ」
「確かに」
サーチの魔法で探りを入れられたと知れば、その波動の発信源に敵の魔法使いは集まるだろう。でも、その場所は偽りのポイント。陽動と情報収集の両方をいっぺんにできる、戦術性の高い対人用の魔法ということになる。
「よし。この魔法で探りを入れて、ついでに屋敷の中に魔法使いがいればおびき出して、その隙に屋敷に侵入しよう」
「サーチで探るのは転移門とか、魔法の痕跡だよね」
「それも目的の一つにはなるだろうな。それから鑑定アイテムを探したい」
「奪うってこと?」
頷いた。
「いよいよ怒られるだけじゃすまないと思う」
「ジークの仲間だったら、証拠もつかんで壊滅させよう」
「ちょっと、そこまでするなんて言ってな――!?」
コンコン!と、その時、俺の部屋の入り口からノックする音が聞こえた。びっくと俺たちは背筋が伸びてしまった。
「「誰…?」」
クロエと顔を見合わせた――
――その後数日かけて準備を進めた俺たちはあの屋敷の見える路地裏に潜んでいた。黒いローブで頭から体を包み、影に二人で紛れていた。
屋敷の持ち主は魔法使い相手の商売をしている商会ということだった。
「ロード商会。商会主は偽名で、その正体は」
「秘密結社ルキフェル」
「とりあえず、アイテムサーチと、キャラクターサーチで中を探って、アイテムの場所と敵情視察する」
「先にマジックサーチで魔法の設置状況の確認からね」
「そうだった」
クロエの肩に右手をのせて彼女に魔力を流していく。そして、クロエが魔法陣を手先に展開し、マジックサーチを放った。魔力が手先から転位して、屋敷の反対側に飛んでそこから波動が広がった。クロエの頭に解析情報が跳ね返ってきているはずだ。
「……次!」
次にアイテムサーチとキャラクターサーチを立て続けに放った。
「……屋敷には、反応結界が広げられているけど他の魔法の設置はなさそう。それから、転位門は三番の部屋に一つと、この前の書庫に痕跡が一つ。魔法アイテムは地下室にまとめてあるみたい」
書庫に確認した転位門の痕跡は俺達の転位跡だろう。それならば、三番の部屋にある転位門が機歯聖域の最終宝物エリアへつながっているかもしれない。
「屋敷には人間が三人、動いて、外に向かっている。魔法アイテムも持っているみたいだから、それなりに武装していると思う。今、裏口の方から全員出て行ったよ!」
「かかったか」
振り向いたクロエと視線を一度合わせて呼吸を一つ。それから二人で走り出した。ここからはスピード勝負になってくる。
「このローブってちゃんと効くかな?」
走りながら、二人、頭まで被った全身ローブに魔力を通して起動する。
「今更心配することじゃないだろ、いくぞ!」
ローブに刻まれていた刻印が光り、俺達の姿を消して、さらに反応結界も誤魔化してくれるはずだ。
「あの日逃げた時にこの結界で気付かれちゃってたのね」
屋敷の入口となる玄関扉にクロエの解錠魔法が放たれ、すぐさま中に侵入できた。
事前に屋敷の見取図を頭に叩き込んである。部屋ごとに番号をふっていて、三番の部屋は左側、地下室へつながる階段は右側の廊下の先にあるはず。
「二手に分かれよう。俺が転移門を確認しに行く。クロエは地下室へ」
俺が廊下の先を指さす前にクロエは右側の廊下に走り出していた。それを見て俺は左側に走り出す。
…三番の部屋、そこに到達し、身体強化の魔法で蹴り破った。中に入ると、そこは書斎のようだった。
「どこだ?」
見回す。目の前にデスクがあって、その上に書類がいくつか。両側に本棚が壁一面にあった。
いや、本棚は壁一面ではなく、一部に両開きの大きなロッカーがあった。人が二人ぐらい入りそうな大きさだ。
そのロッカーに近づいた。ローブなんかを入れておくための物だろう。一見するとオーク製に見えた。
「これっぽい」
両手をかけると一気に開ける。
ロッカーの中には空間の亀裂があって、その先がうっすら見えていた。
「転移門、見つけたぞ」
一瞬迷ったが、すぐにその亀裂に飛び込んだ。一瞬、体が宙に浮く感覚があって、すぐに足が地面に着いた。
「……ここが」
機歯聖域の最深部。最後の宝物エリアか?
そこは立方体の部屋だった。床は銅色の金属でできていて、壁も同様。天井には円形の大きな照明が埋め込まれていて白く光っている。
両側の壁には等間隔にガラス製の円柱が埋め込まれ、中に液体が満たされているようだった。満たされた液体の中には人の姿があって、それが両膝を抱えるようにして浮いている。そんなガラスの円柱が両壁に四つずつ、計八つ確認できた。
「死霊術のゴーレム?」
そして、正面には白い大理石の台座が二つ並んでいた。高さが腰ほどで円柱形、その内径は人が一人立つことができる。立方体の部屋の中央に鎮座していた。
その台座には何も乗っていない。
「あそこに『賢者の機兵』があったのか……ん?」
入口らしき扉が正面に見えていて、それは大きく開け放たれていた。
その扉の左側に大きめの机があって、いくつか書類が散らばっているのが見えた。それから振り返ると、転移の亀裂の後ろ側、壁際にはベッドらしきものもあった。
まるで、泊りがけで仕事ができるようにした研究室、そんな様相の部屋だ。
もう一度正面に向き直り、歩き出した。大きめの机の上にある書類を確かめに行く。
「………」
書類は比較的新しいものが多く、秘密結社ルキフェルの誰かのものらしかった。
そこには様々な作戦に関することが書かれていた。どうやら、魔法使いを権力者とするための作戦はこの前の事件だけではなく用意しているらしい。どれだけ進行しているかはわからないけれど、国家転覆どころか、世界を変えるつもりでいることがわかった。
「とんだ誇大妄想狂の集団だ」
書類はほとんどが新しかった。でも、一冊、ずいぶんと古いものが混じっていた。それを取り上げて表紙を読んでみる。
「……『ヘンゼルとグレーテルに関する注意書』?」
裏をひっくり返す。と、そこには、「ルーカス・ゴールド」と直筆でサインがされていた。
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