25-2 パンの欠片を追いかけて
ふと、教授の使用人人形を見た。その姿は大きなデッサン人形のような見た目だ。二足歩行、のっぺらぼうの顔と、硬質な表面、すべての関節が球体のつなぎ目で出来ている。
「この人形はしゃべりますか?」
「いいえ。私のこれはできない。『賢者の機兵』はしゃべることができたということかしら」
「はい。結構流ちょうに会話できそうでした」
「となると、かなりの上位モデルであることは確かね」
「先生?」
「何かしら」
「あれは本当に『賢者の機兵』だったと思いますか?」
「それはないでしょう。便宜上、そう呼称しているだけ。機歯聖域の踏破実績が確認されていない以上、ジークの妄言だったと結論付けられている」
「やはりそうなりますよね」
「貴方たちはあれが本物の賢者の秘宝だと思っているのかしら」
「……」
エマは嘘を言わない。そう思った。
その彼女があれを「賢者の機兵」だと言ったのだから、きっとそれが真実だと思う。
「私が確認をしたかったのは、ジークが成そうとしていた国家転覆において、あの人形がどういった脅威になりえたのか。それをきちんと把握しておきたいのよ。場合によってはエマという冒険者の捜索も視野に入ると思っているの」
なぜだか皇国魔法士がエマを見逃してしまったから、問題が大きくなったのかもしれないのよ。と、教授は強い不満をもっていた。実際に、エマと直接対峙したら考えが変わるだろう。
「しゃべる以外に特徴はなかったかしら」
「そうですね」
クロエを見た。俺の代わりに彼女が口を開く。
「……二つセットのようで、大きいのと小さいのがあって――」
起動後の「賢者の機兵」の見た目は、一見して人形だと分からないほど精巧で、それは普通の人と変わらない姿だった。肌の質感や声に違和感がなかった。大人と子供の姿になって、そして、その見た目は魅力的だった。特に起動した者にとって性的に魅力的な姿に変身したように感じた。
エマが触れると機能を停止し、手で持てる程度の大きさの人形になっていた。どうやったのかはわからなかった。
「戦闘能力は有りそうだった?」
「いえ。それが、まったくそういう感じはなくて、メイドとか使用人のような姿をしていました。武器の機能は持っていないように見えました」
そうなのね、と、目の前の紅茶に手を伸ばすと、教授はそれを一口含んだ。
「ジークは起動に生け贄が必要になると誤解していたみたいだけれど、どうして彼がそう考えたのか、また、あれが『賢者の機兵』だと誤解した理由について思い当たることはあるかしら。結局彼の手記やあそこに残されていた資料からは判然としなかったのよ」
「いえ、あたし達にも」
ローテーブルに乗っかっている紅茶の湯気を眺めていた。
ジークが手にしたとき、二つの人形は死んだように動かなかった。
その見た目から死体を用いたゴーレムだと彼は判断した。そして、そのエネルギー源に魂が必要だと思ったんだろう。おそらく背中のボタンには気付かなかった。
「……人形そのものを確認してみない限り判然としないようね」
「お役に立てずにすみません」
「そういえば、持ち去った冒険者達について何か知らないかしら」
「それもわからないです」
「そう……」
二つセットのゴーレム。その抜けた魂を入れなおす必要があると考え、ジークはセットの魂を探した。セットの魂、つまり、双子の魂……俺たちだ。
だから、俺たちを誘拐し、生け贄にして二つの人形を復活させようとした。
あれが「賢者の機兵」と認識していて、だからこそ、俺たちの魂だけではエネルギー不足だと想定し、魔法士達を集めてそれも動力源にしようとした。
……いや、おかしい。
「よくわかったわ。ありがとう」
「はい。失礼します」
機歯聖域の転移門には故障が生じていて、それによって最終宝物エリアに侵入できる別ルートが存在していた。そうでもなければ、ジークに「賢者の機兵」を手に入れる手段はないはずだ。
それによってジークは偶然にもあの人形を手に入れたとする。そうだとしたら、どうやってあれが「賢者の機兵」だと判断できたんだろう?
「いきなり宝物エリアに入って、そこが機歯聖域の中だとどうしてわかる?」
機歯聖域の第一階層である町の部分については一般にもその様相は知られている。でも、踏破した冒険者がいない機歯聖域の最終宝物エリアがどんな様相なのか、それを知っている人間はどこにもいない。
「兄さん?」
「どうしました?」
「……最終宝物エリアに場所が分かる何かがあったってことか。それとも……」
「何の話?」
あるいは、ジークが鑑定アイテムを持っていた。そう考えると説明できる。
そして、そうだとしたら。「あれ」の機能について誤解をしていたのは、俺達のほうってことになる。
世界を変えるほどの秘宝、それが賢者の秘宝だ。レア度が高いほど、ダンジョンの産出アイテムはその効果が強い。そして、賢者の秘宝は世界最高のミソロジーランク<神話級>だ。
ちゃんと考えていれば分かったことだった。
伝説のアイテムが性的な目的のためのアイテムなわけがなかったんだ。
おそらく「あれ」は国家を転覆できるほどに強力な武器だった。
ジークは鑑定アイテムであの二つの人形がもたらす効果を知っていたんだ。
……生け贄による復活方法は正しかったのかもしれない。武器とするための手順がそれだったのか。
「そして、エマはそれを知っていた。だから、俺たちからあれを取り上げた。危ないものだったから……」
「兄さん、何をぶつぶつ言っているの?」
気が付くと、クロエと教授が訝しげな視線を俺に送っていた。
「あ!い、いえ。すみません。なんでもないです」
「そう?大丈夫?……とにかく、調査への協力ありがとう。もう戻って構いません」
「はい」
クロエと立ち上がり、その部屋をあとにした。
「――クロエ」
「どうしたの?」
「鑑定アイテムがあるかもしれない。あの屋敷に」
「は?」
俺はクロエと自室に戻ると、さっき考えたことを説明した。
「――今までの話を総合すると、ジークの拠点はあのピラミッドだけじゃないと思うんだ」
「手記に肝心なことが書かれていなかったから、他にも拠点があるっていうのは確かにそうだとあたしも思うけど。あの屋敷がジークの拠点かどうかの判断はつかないでしょ」
死霊術に関する書籍が置かれていたってだけ。確かにそうだ。それでも俺には。
「何となく、あの屋敷が無関係だとは思えないんだ」
「それもわかるけど。ちょっと待って。あの時、誰かいたよ?……ってことは」
「ジークの仲間かもしれない」
「……兄さんは、懐中時計の鑑定のためにまた事件に足を突っ込もうって言っているわけ?」
クロエの冷たい視線を受け流し、そっと、胸元から金の懐中時計を取り出した。
「一人でもやるぞ」
「…………はあ。わかった……行こう。でも、ちゃんと準備はするから」
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