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賢者の叡智なコレクション  作者: 永頼水ロキ
第三章 賢者の機兵
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24-1 機歯聖域の故障

 機歯聖域の外に出ることができても、そういえばここから街までは丸一日かかるのだった。明日午前一にあるはずのアッシュフォード教授の授業にはどう考えても間に合わない。


「はぁ、また目をつけられ……あれ?」

「どうして?」


 出口の裂け目を通るとき、その先の景色が見えていてそれは山岳地帯の山肌だった。だから、機歯聖域近隣の屋外に出るものと思っていた。

 それなのに、今俺たちはどこかの部屋の中にいた。


 何の変哲もない木製の壁と床。天井には火のついていない燭台がぶら下がっていて、壁には三方にぎっしりと本が入れられた本棚が立っていた。整然と並ぶその様子から、この部屋がどこかの家の書庫のような場所だと分かる。

 奥の壁の天井近く、本棚の上に一カ所光を取るための小さな窓があって、そこから夕方の日の光が差し込んできている。


「どういうこと?ここはどこ?」

「わからない。ダンジョンの中って感じはしないけど」


 クロエと深呼吸して、それから状況把握に努めることにした。扉に近寄って聞き耳の魔法を使った。まずは周囲の状況を探る。


「……人の動く音はしない。近くには誰もいないみたいだ」

「さっき転移門から見えていた景色は山の中だったよね?」

「俺にもそう見えてた」


 それから本棚に近づいた。灯の魔法を二人とも使って手元を照らし、いくつかの本の背表紙を確認していく。もしかしたらこの場所のヒントがあるかもしれない。


「どれも魔法書だ」

「そうね。でも、ねえ、これって」


 魔法書の中身は全て死霊術等の、つまり禁書ばかりだった。


「ずいぶんと物騒な本ばかり置かれているな」


 クロエは自分を抱くような姿勢になっていた。寒気がしているのだろう。


「なんかすごく嫌な予感がするわ。ここから早く出た方がいいかも」


 光を取るための窓は小さすぎてあそこから出るのは難しい。壁は壊して出られるだろうけれど、状況が分からないなかで荒事は避けた方がいいと思った。

 外に人がいないことを聴き耳で確認してから部屋を出ると廊下に出た。思ったより大きな建物らしく、廊下にはいくつか他の扉が見えていた。


「サーチで探ってみる?」

「いや、万が一があるかもしれないから、やめておこう」


 オーナーズブックに書かれていたエマの言葉を思い出した。


『サーチの魔法は非常に便利だ。だが、使用する時に注意を要する場合がある。サーチの類は全て魔力の波動を用い、その反射を利用して周囲を把握している。波動は対象の位置関係を明らかにすると同時に、自らの位置を相手に知らせることにもなる。敵が人間であり、魔法使いであるならば慎重に使用する必要があるだろう』


 さっきの本棚のある屋敷の持ち主を想像するに、良い人間である可能性の方が少ないだろう。勝手に家に入り込んだ俺たちに対して優しく対応してくれるとは思えない。見つからずに出ていくのが最良だ。


「音消しの魔法で足音を消して進もう」

「わかったわ」


 とにかくまずは出口を探る。慎重に進み、常に聞き耳をたてて人の気配に注意しながら進んだ。


「誰かの屋敷の中みたい」


 なぜここに転移させられたのか。


「宝物エリアからの帰還用の転移門で、こんなところに飛ばす理由はないよな」

「うん」


 廊下の突き当りを曲がり、少し進むと人の気配を感じた。


「誰かいる」


 小さな声をクロエにかけると、びくりとしていた。


「どうするの?」

「そこの横の部屋に入ろう。廊下の奥から誰か来るからやり過ごす」


 足音から概ねの場所を把握できた。サーチほどではなくても聞き耳の魔法にはこういう使い方もあったのか。咄嗟のことだったけれど最適な魔法を選択できたかもしれない。


 横にあった部屋に入った。部屋の中には台所用品が並び、竈や水桶が壁際に並んでいた。キッチンだ。

 水場の上に取り付けられている窓は少し大きいから、そこからも外に出ることが出来そうだ。


 こつん、こつん、と廊下の方から足音が聞こえていた。それは聞き耳の魔法がなくても耳をすませば聞こえるようになっていた。


 ドキドキしながら二人で息を殺し、体を壁際に寄せていた。しばらくそうしていると、足音は遠ざかり、奥の方のどこかの扉を開閉する音がして足音は消えた。

 サーチの魔法ではないのでそこから先は把握できなかった。


「よし、ちょうどいいからその窓から外に出よう」

「うん」


 窓を小さく開けて、それから外の様子をうかがった。

 そこは中庭のようで、どうやら屋敷はロの字型をしているようだった。中庭には錬金術の素材になる植物が多く植えられていた。もしかしたら栽培しているのかもしれない。

 書庫の中身と合わせて考えると、この屋敷の持ち主は間違いなく魔法使いだ。


「他の部屋の窓から確認されてしまうリスクがあるから、出たらすぐに魔法で屋根に上がって逃げよう」

「そうだね。とにかく逃げよ。わけわかんないし」


 頷き、俺は両方に身体強化の魔法をかけた。それから窓から出るとするさま飛び出し、目の前の屋根に上った。二人で飛び跳ねるようにして逃げていた。


「――え?!街中じゃない!」


 中空から周りを見渡すことができていた。

 どうやら屋敷は街の北西側、商人街の中に立地していたらしい。機歯聖域から丸一日かかるはずの俺達の住む街に、あっという間に移動してきていたようだった。


 下を見ると屋敷が。そのまま移動し、他の家の屋根の上、それからそっと地面に下りた。裏路地の誰もいない場所で二人息をついた。


「……さっきの屋敷。なんだったんだろう。どうしてあそこに転移してきたの?」

「分からない。ただ、まあ、明日の朝の授業には間に合いそうだ」

「兄さん、確かにそうだけど…」


 ほっとすると小さな笑顔が二人とも漏れていた。今はもうお腹もすいていて頭も回っていない。早く家に帰って休みたい。


 ――夜の帳がおりてきた。そこで、お腹の主張に従って外の屋台で簡単な食事をいくつか購入してから寮に戻った。今、寮の俺の部屋で二人、買ってきた屋台飯で簡単な夕食を取っている。


「ふう。無事に出ることができてよかった。兄さんが適当に機歯聖域の攻略に行きたいとか言うから…」

「いや、元をただせば……ふう」


 二人とも疲れ切っていて、それ以上喧嘩を続けられなかった。


「なんだか、あっという間の中にものすごい経験をしたね」

「世界最高峰のダンジョンの深部まで潜って宝物まで持って帰ってきた……そうだな。ものすごい経験だ」

「あと、さらっと異界に行ったことがある人なんている?」

「いや、考えられない」

「だよね」


 サラマンダー。精霊というのはあんな感じなのか。

 精霊の息による魔力の供給はあまりにも自然で違和感がなかった。途中からはまるで自分の力だったかのように、彼の存在を感じないほどに魔力を扱えていた。

 そして彼の存在を失い、同時に供給されていた魔力もなくなった。そうすると、今度はあたかも体が重くなったように錯覚してしまう。本当はそうではなくて、ただ元の自分の魔力量に戻っただけなのだ。


 屋台飯を食べていると徐々に回復し、頭も回ってきた。


「どうしてあの屋敷に転移したんだろう?」

「転移ミスが起こっていたってことなんだろうな」

「ダンジョンの転移門がおかしくなっていたってこと?」


 ……そうか。そうだよ。


「誰が作ったかわからないダンジョン。でも、『作られたもの』であることに疑いようはないよな」

「あんなのが自然に生まれたりはしないと思う」

「作られたものなら故障することだってある。そうじゃないか?」

「……そうかも。うん。そうだね」


 故障した転移門か。


「……」


 ちょっと待て。


「まさか、それが答えなんじゃないか?」

「え?」


 ずっと疑問だった。その答えに行きついたのかもしれない。


「……機歯聖域、あそこはジークが踏破できるようなレベルじゃなかった。いや、おそらく、エマを除いて普通は踏破できるようなダンジョンじゃない」

「そうね。あたしたちもサラマンダーがいたからあそこまで進められただけで」

「ジークが手に入れたあの二つの人形が『賢者の機兵』だったとして、ジークはたぶん正規ルートで手に入れたりしていないんだ」

「ちょっと待って。他にルートがあるってこと?そんな話聞いたことがないわ」


 ボスエリアがあってその先に宝物エリアがある。ボスを倒す以外に進む手段はない。それが常識だ。


「でも、機歯聖域にある転移門が何らかの理由で故障していたとしたら?」

「宝物エリアから帰還する転移門に故障が生じて、逆にそこに直接行ける道ができていたってこと?」


 頷いた。

*****

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