23-2 機歯聖域(深部)
大蜘蛛は残った脚をせわしなく動かして次々と円柱を移動していた。明らかに先ほどとは違い、こちらと距離を取ることに注力し、円柱の影に潜んでいた。
「くっ、当たらない!」
俺の致命の魔法のいくつかは大蜘蛛の目の前に鎮座する円柱に阻まれてしまっていた。
「あ、あれ何?!」
指差すクロエのその先、円柱と円柱の隙間から見える大蜘蛛の腹から何かが湧いて出てきているところだった。
「子蜘蛛?」
大蜘蛛は小さな蜘蛛型の機械を無数に生産していた。その体はいつのまにか、そうして生まれてきた子蜘蛛でいっぱいになっていて、黒煙がなくなっても体が見えなくなっていた。
「……第二形態だ!」
「第二形態?!」
『ボスの中には、追いつめられると行動や身体を変更し、戦略を大きく変えるものがいる。これを第二形態とよぶことにする』
エマの手帳の一節だ。
「すごい量だよ?!」
子蜘蛛はぞろぞろと、黒い靄のように大蜘蛛の体と周囲の円柱の上を蠢いていた。
何匹かは床に落ちた。そうすると白煙の中で癌化するように機械部品が生えて機能を停止していた。しかし、相当量の子蜘蛛が大蜘蛛の体、そして円柱へ渡り、さらにそれを飛び渡りながらこちらに向かってきていた。
一方で大蜘蛛自身の黒煙は消えている。エマの言う通り、戦略を大きく変えてきているようだ。
「脚が再生した?!」
大蜘蛛の体に集まっていた子蜘蛛の一部が徐々に変化して脚が復活していた。
「他にも傷ついた部位が治っているぞ!」
「危ない!」
クロエが飛びのいていた。そこには子蜘蛛が何匹か、次々に飛びついてきている。
その飛びつく際に鋭い棘が口元から飛び出している。
大蜘蛛の方は積極的にこちらに近づかず、円柱の影に潜んで次々と移動しながら、子蜘蛛を放出し続けていた。
「くそ!こいつらを避けながら、あの逃げ回る大蜘蛛に致命の魔法を当てなくちゃいけないのか?!」
「めんどくさーい!」
クロエは叫びながら次の魔法をくみ上げていた。それを見て俺も動く。
「――アイスチェイン!」
大蜘蛛のいるあたり、円柱の影に向けてクロエは魔法を放ち、壁と円柱と床、それらを繋ぐように氷の細い鎖がいくつも張り巡らされた。触れれば氷が体にとりつき、小さな凍傷ダメージと行動阻害を起こす設置型の魔法だ。
俺はそれを横目に次々と円柱を移動し、予め回り込んでいた。氷の鎖がみえ、そこに当たって動きが遅くなった大蜘蛛の姿も見える。
「悪いが、これ以上付き合えないんだよ!」
致命の魔法、ゴーレムキル。その光の矢が大蜘蛛の背中に当たった。しかし、一つの子蜘蛛がはがれ落ちただけだった。
「邪魔だな!」
大蜘蛛の糸が飛んできたので、それを避けると、その次の瞬間には大蜘蛛に距離を取られてしまっていた。
「兄さん!どうするの?!」
風の魔法を使って近くの襲ってきた子蜘蛛を蹴散らす。吹っ飛んだ子蜘蛛が床に落ちて、癌化して停止した。子蜘蛛のそれぞれは大した脅威ではなかった。
「……クロエ!もう一度同じように奴の動きを押さえてくれ!」
「分かった!」
クロエの行動阻害魔法が再び青白く光った。それを確認しながら、大蜘蛛の見える位置に回り込んでいく。
「今度こそ終わらせるぞ!」
「お願い!もう続けられないわ!」
クロエも俺も体力の限界が近かった。その時、大蜘蛛の姿が見えた。
「食らえ!お前のための魔法だ!」
突風の魔法の「ウィンドボム」と致命の魔法の「ゴーレムキル」を組み合わせ、新しい魔法を即興で構成した。
風の塊が飛んでいった。周囲の空気を巻き込み、白煙を取り込みながら飛んでいく。
それが大蜘蛛の背中に当たると弾け、体にとりついていた子蜘蛛を癌化させながら蹴散らした。
風が霧散すると次の魔法式が動き出す。
そうだ、この前の学校での実習。防護魔法のかけられた鎧を破壊する魔法と同じだ。防護するものを飛ばして、それから次の攻撃魔法に切り替わるように。
ウィンドボムが弾けると、同時にゴーレムキルの光がその場から発射された。至近距離からのその攻撃に大蜘蛛は避ける暇はない。大蜘蛛の体に光の筋が描かれ、侵食していっている。子蜘蛛がぼろぼろと落っこち始め、次々に機能を失って床に転がっていく。
「……うまくいった?」
「……」
じっと二人、大蜘蛛の様子を慎重に観察していた。
大蜘蛛の動きは徐々に緩慢に、それからついに円柱を踏み外した。その次には白煙に襲われ、体から次々に適当な部品が生えてきて、苦しそうにもがくとそのうちに動かなくなった。
「……やった?やったよね?」
「やったな……」
「………やったーー!」
ぴょんぴょんとクロエが円柱の上でとびはねて喜んだ。
「はーー……」
なんとかなった。
と、白煙が消えていく。それから奥の扉が開いた。
「………あ、サラマンダー様は……?」
壁の方をみると無惨にバラバラになった人形の姿があった。そこに二人で走りよった。
白煙の浸食により生えた機械部品が引っかかって布が破け、さらに吹っ飛ばされて壁に当たったために、それはほとんど原形をとどめていなかった。
「依代を失って精霊界に帰っちゃったのかな?」
「……サラマンダー様!聞こえますか?!」
大きな声で周りに声をかけてみた。それから二人で静かに待ったが、答えが返ってくる様子はない。
「興味本位であたしの人形に入っただけで、自由にこの世界で動けるのかと思っていたけど。やっぱり依代がないとこの世界には留まれないのかな?」
街からダンジョンまでの移動で精霊界を経由した時、彼は召喚されなくてもこの世界と行き来できるようなことを言っていた。
「わからない。ただ、世界を渡れることと、留まれるということは同義じゃないのかもしれない」
「……それじゃあ、これでもう会えないかもしれないんだ」
サラマンダーの召喚は事故みたいなものだった。もう一度同じ魔法陣で同じことをしても彼が召喚に応えてくれるかどうかはわからない。
「でも、何度か召喚をやっていたら、ひょっこり割り込んでくるかもしれないけどな」
「あ、そっか。それもそうだね」
そういえば、依代がバラバラになった後にもサラマンダーの「息」による魔力供給は継続していたのかもしれない。致命の魔法を連発することやウィンドボムとの駆け合わせなんて、俺の魔力だけではできないような気がする。
「行きましょう。きっと宝物を手にしたらこのダンジョンの出口へのショートカットも用意されているよね」
二人でその扉をくぐり、円柱群と大蜘蛛の死体をあとにした。
扉の先は直線の廊下で、手のひらサイズの銅箔を何枚も張り繋げて作ったような空間だった。
縦長の見たことのない照明が天井に並んでいて、それのおかげで明るい。少し先には行き止まりが見えていて、そこに別の扉がある。
二人でそこにたどり着くと扉を開く。それは少し青みがかった鋼鉄の扉で、円状の鉄柱でできた取っ手がついていた。その取っ手を引っ張って開いた。
その先には小部屋があって、そこに先ほどの宝物エリアと同じ木製のテーブルと小箱が乗っている。
「さっきの宝箱とそっくり」
クロエと息を合わせてその小箱を開いた。
「え?同じアイテム?」
「いや、色が違う」
小箱の中には金の懐中時計が入っていた。見たことがないアイテムでその効果はわからない。
息をのみ、それから懐中時計を取り出す。そうすると、先ほどと同じようにガコンと作動音がした。
「右見て!」
壁は長方形のブロックがいくつも複雑に組み合ってできていた。そのブロックのいくつかが奥にめり込むように消え、それから右に左に上に下に、壁のブロックが動き回ると、そこに小さな別の空間ができた。そして、その床に魔法陣があって、光ると空間の裂け目ができた。
「……出口ね」
「ああ」
奥に見えていた扉と、それからダンジョン出口の裂け目。二つの選択肢が目の前にあった。
奥に行けば「賢者の機兵」に繋がるエリアに行ける。
「兄さん、変なこと考えてないよね?サラマンダーがいない状態で、それにお腹もすいてきたし」
「え?……ああ、もちろん帰ろう」
それにしても、この高難度ダンジョン。ここまでのエリアでジークが攻略できるようなものじゃなかった。もしもあの人形が「賢者の機兵」だったなら、どうやって彼はあれらを手に入れたのだろうか?他に、誰か協力者がいたのか?
もしもそうなら、その協力者はエマと同等の力を持つということになる。
そんな人間がこの世界にいるんだろうか。エマのような人物が他にごろごろいるのか?
出口の裂け目をクロエとくぐりながら、首を振ってその考えを改めた。
そんなに強かったらジークに頼る必要がないだろう。そうして、堂々巡りで答えが出る気配はなかった。
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