22-2 機歯聖域
一呼吸して気を取り直し、改めて玄関ロビーを見渡した。
「罠は……もう機能していないみたいだな」
「ボスが倒されたから?」
「なあ、あそこが開いているぞ」
と、サラマンダーはいつの間にか階段の横、そこから奥を見ていた。
アーマーゴーレムが最初に立っていた階段踊り場の下、そこには裏側に扉があってそれが開いていた。そこからは地下に向けて階段が続いているのが見えていた。
この玄関ロビーには他にも扉らしきものがいくつか見えていたけれど、それらは開く様子はなく、今開いている扉は入口とこの地下に繋がる扉だけだった。
「悩まなくて良さそうじゃんか」
「そうですね」
「この先に次のエリアがあるのかな」
気合を入れなおし、三人、階段を降り始める。段差は大したことはないが、小さなサラマンダーはぴょんぴょんと飛び跳ねるように下りて行っていた。
階段は少し弧を描き、どこまでも下っていた。はじめは歯車がいくつもついた金属様の壁と階段だったが、進むにつれて透明なガラスに変わった。ガラスなので外が見える。
「うわー、すごい景色」
「ふうん。凝った作りになっているんだなあ」
ガラスの外側には広大な空間が広がっていた。
ずいぶんと高い位置に天井があって、そこにはいくつも光る円形の照明がついていた。白く光るいくつもの円が空を覆い、広大な空間を余すところもなく照らしている。
ガラスの階段はまだまだ下に繋がっていて、そこに床が見えていた。広い広い床は、ここから見る限り銅色で金属のように見えた。そして、その床と同じ色の壁が四方を囲い、天井に向けて繋がっている。おそらく正方形で床も壁も天井もできている。
ガラスの階段はその中央を螺旋を描きながら下っていくように繋がっていた。
「この階段の下、この空間が次のエリアか」
「また、ボスエリア?」
「…いや、さっきのがボスエリアだったから、先に宝物エリアがあるはずだ」
でも、こんなにも広い空間が宝物エリアなのか。
下っていくと、床に一つテーブルが置かれているのが見えた。テーブルの上には宝箱が置いてある。
「おお、あれが宝物ってやつか?」
「みたいですね」
「何が入っているんだろう」
ようやく階段を降り切った。ガラスの一部がくりぬかれるようにして外に出られるようになっていた。三人でその銅色の床に降り立つと、真っ直ぐ目の間にテーブルが見えている。
近づく。それが木製の何の変哲もないテーブルだと分かった。乗っかっている宝箱も特に目立つような装飾もない。大きさからすると、中身は両手に収まる程度の物か。
「さっそく開けてみようぜ」
「「はい」」
クロエと一緒に手が伸びたので、そのまま息を合わせて箱を開けてみた。
「……時計?」
銀の懐中時計が一つ入っていた。
「どういう効果のあるアイテムなのかは、鑑定してもらわないと分からないな」
「うん。あ、サラマンダー様はご存じですか?」
「んー?おいら達はそういうのに興味ないからな」
最難関ダンジョンの産出品だからそれなりのレア度のアイテムだと思う。ここを攻略したなら、エマ達も同じものを手にしたんだろうか?
とりあえず、懐中時計を箱から取り出した。
ガコン!
「「何?!」」
「お!」
地面が揺れ始めていた。ゴトゴトと歯車の回る機械音がして、十数メートル先の周囲四方に壁が床からせり上がってきていた。
「兄さん!後ろ!」
振り向くとガラスの螺旋階段が上に引っ込んでいくところで、ものすごいスピードで上がっていってしまった。
呆気に取られていると、次にその階段があった床に魔法陣が光り、空間の裂け目が出来上がっていた。そこからはその先が見えていて、どうやら機歯聖域の外の景色のようだった。
「出口?」
「そっか、攻略したから」
「へー。でも、まだ先がありそうだ」
サラマンダーの見つめる先、宝箱の置かれたテーブルの先の方に、さっきせり上がってきた壁の一面があって、そこには片開きの扉が一つ確認できた。四方の壁の内、扉はその一カ所だけだ。
サラマンダーはこちらが動き出すより早く、すっとその扉に近づくと、また勢い良く開けてしまった。
「……お?おい、後ろを見て見ろよ」
「「?」」
サラマンダーが振り返って後ろを見るように右腕で合図してきていた。
それをうけて、二人でもう一度出口の転移門に視線を戻すと、そこに魔法陣も空間の裂け目もなくなっていた。
「「……え……?」」
「先に進むつもりだからいらないだろうってことか」
はははっとサラマンダーは笑った。
前に進む以外に道がなくなってしまった。生唾を飲み、仕方なくサラマンダーについてく。
その先は廊下のようになっていて、左右どちらをみてもすぐに曲がり角か、T字路になっているようだった。また、はす向かいの壁に一つ別の扉も見えていた。
「これって……もしかして」
戸惑う俺たちを他において、サラマンダーは思い付くままに歩きだしてしまった。
それについていくように角を曲がると、いくつかの分岐がその先の廊下に見えていた。
「迷路ね」
「……サラマンダー様、少し待ってください」
「ん?」
「クロエ、トラップサーチをもう一度頼む。サラマンダー様はクロエを補助していただけますか?」
「おう!いいぞ」
クロエが魔法陣を展開し、サラマンダーが息をかけて強化した。強い魔力の波動がこの広大なマップを覆い、すべての罠の位置を教えてくれるはずだ。
「どうだった?」
「うん。罠はないみたい」
「そしたら、今度はモンスターサーチを頼む」
モンスターサーチはモンスターの位置や数を探ることができるサーチの魔法の一つだ。同じようにサラマンダーがクロエに息をかけてくれる。
「えっと……なんだろう、何かはわからないけど魔力の動きがあるから、モンスターが……結構いる」
しばらく考えて、それから指をさした。
「あそこの角から出てきそう」
廊下の奥を注視した。そこに何かの影が見えた。
闇が蠢いている。ガチャガチャとうるさい。
「煙?」
「合間に脚がいくつか見えた。虫みたいな形か?」
「なんだろうなあ。あれもゴーレムか」
黒い煙を常にまとっている。煙のはずなのに霧散せずにその存在を包み込んでいた。
それからその煙の合間から見えた脚は二つ以上あった。動き方は虫のようで、大人の体より一回り大きい。それが廊下の奥の方からこちらに向けて走り寄ってきていた。
「あれもエンチャントゴーレムですか?」
「いんや、大丈夫そうだぞ」
次の瞬間には、轟轟と燃え上がり、別の煙を噴き上げて消えていた。
相変わらずの燃焼で灰も残らなかった。そういえば、倒したのにドロップアイテムが出ていない。街の機械兵もそうだったが、もしかしたらサラマンダーに燃やされてしまうと、ドロップアイテムまで灰にしてしまっているのかもしれない。
「――つまらないなあ、もうちょっと面白いものだと思っていたけど」
「えっと、ボス戦は、その、面白いかなと思います」
「ん、それもそうか」
退屈し始めたサラマンダーをなだめつつ、迷路を進んでいた。
こんな迷路内で無数のモンスターに襲われていたら攻略は困難を極めることになっただろう。でも、最強の精霊を擁するために難易度が大きく下がっていた。
曲がり角に扉、それから行き止まりをいくつも経験して、ようやく他と違う扉に行きついた。行き止まりのそれは、見たことがない文様のマークが真ん中に刻印されていて、ひときわ大きい。
「ようやくゴールか」
ため息が漏れた。
ずいぶんと歩かされて疲れてしまった。そして、おそらくこの先にはボスエリア。正直言って大変だ。モンスターとの戦闘がなかったからなんとかなった。もしも、あの数の虫ゴーレムと戦いながら迷路を攻略させられていたら、いつかは消耗して死んでいただろう。
それに纏っていた煙も見た感じ危なそうだった。近づくだけでも何か良くないことがあったかもしれない。
「この次にもボスがいるのかな」
「今までのパターンだとそうだな」
「ようやくか。じゃあ、行こうぜ!」
有無を言わさず、サラマンダーはまたも勢いよくその扉を開いていた。
今度はどんなボスとそのエリアが待ち受けるのか。
扉から先には、先ほどの迷路と同じぐらい広い空間が広がっていた。
床は銅色の金属で、見る限り壁も同じ。真正面の壁に、入口と同じような扉が見えていた。それから、見立て人が一人乗れるぐらいの直径の円柱が、いろいろな高さでそこかしこに立っていた。いくつかは階段状に連なっている。
円柱は黒色で蔦の文様が刻まれていた。それが無数に立ち並んでいる異様な光景。
「あの柱、何か意味がありそうだな」
「また何かのギミックかな」
「入ったらすぐにトラップサーチをしてくれ。サラマンダー様も協力をお願いします」
「おいらの息には多分当然のように対策しているだろうなあ。まあ、その方が面白いんだけど」
クロエと二人、気を引き締める。
「さあ、行こう!」
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