2-2 緑壇聖域
――ガチャン!
「痛い!……うう」
「いつまでかかってんだ?!さっさと用意しろ!」
ジョシュアの振り回した腕に当たってガラス容器がテーブルから落ちて砕けた。
汚い小屋の奥、街の外れのこの場所であれからずっと暮らしている。
私の世界が一変したあの翌日、ドレスを買いに訪れた服屋で私の秘密が暴露されてしまった。
背中の大きな痣のこと。
養子縁組をしてしまった手前、もはやどうしようもなかったのだと思う。ジョシュア達の怒りを買った私はその日のうちにこの小屋に連れてこられ閉じ込められた。
そのあとは、森に近いこの小屋で、薬草を採取することをとにかく仕事として与えられた。
何か月かして、ある時、錬金術の一部について簡単な説明をレオナルドから教えられ、それからは薬草の採取だけではなくて、彼らがやっていた薬品の調合も私の仕事になっていた。
「明日までに『50』って言っといたよな?!大口注文なんだぞ!どれだけの儲けになると思ってやがる!」
様子を見に来たジョシュアが、まだ20個のポーションの用意に留まるのを見て何時ものように沸点低く怒り狂ったのが夕方頃。今まで何度も繰り返されてきたことだった。それから、入口の扉をばんっと勢いをつけて閉じて出ていった。そのあとには嵐が過ぎた後のように、散乱した部屋だけが残っていた。
痛い……でも早くしないとまた……。
カチャカチャとガラスを拾っていると、ぽたぽた涙が落ちていく。
後悔しても、後悔してもしょうがないことはわかっているのに。
……割れたガラスを片付け、ポーション作りを再開した。そして夜遅く、ようやく50個のポーションを用意できた。
ふと、カレンダーを見た。納品予定の物を書き込んでいるそこには、明日のポーション50個が書かれていて、その次の日には別のポーション、その次にも予定がつまっていた。そして、そこには別のマークも。
明後日は街で祭りがある。教会にいたころは兄弟姉妹達とその祭りに出かけるのが一年で一番の楽しみだった。でも、もう行けない。そんな暇はない。
「行きたかったな……」
ぐうとお腹がなった。幼い頃、祭りの出店で食べた焼き菓子を思い出してしまう。
はあ……とにかく食べ物と薬草を取りに出かけないと。もう夜遅くなっちゃう。ポーションの材料ももうないわ。
外に出て裏山の森の奥に入っていく。山には薬草や食べ物が多少はあるので、ほとんどそこから食料を得ていた。ジョシュアもたまに食料やお金を渡してくれたが全く足りなかった。
裏山の森のどの辺りに何が自生しているのか、だいたい把握していたので、育っていれば問題なく材料も食料も集めることはできた。
「……良かった。ちゃんと集まったし、食べ物もあった……あれ?」
ふと、崖の壁面を見て気が付いた。以前見たときに穴などなかったのに、そこに大きな洞窟の口が開いていた。
「前はこんな洞窟無かったはずよね」
月明かりは神秘的にその口を照らし、さらに洞窟の奥を覗くと、光苔がびっしりとついていて薄明かりが続いていた。
「これ!光苔?!こんなにたくさん!」
錬金術の材料である光苔は一部のダンジョンでしか手に入らない産出品の一つ。レア度はアンコモンランクからレアランク。なのだけれど、これはレアランクかもしれない。
そのすごさに圧倒されて洞窟に足を踏み入れた。すると、奥に行くほど品質が良くなっていく。
「すごい!ほんとにすごい」
綺麗。洞窟全体を埋め尽くす光苔が幻想的な空間を作り出していた。奥に向けて光の道ができていて、まるで星空の上、その中を歩いているような……。
奥の方に進むとそこには不思議な扉があった。
蔦の葉を模した紋様が描かれ、何か円形の図柄が真ん中に描かれた両開きの立派な扉。それが土壁の洞窟にぴったりはまってそこにあった。
「なんだろう?何で扉が?」
洞窟はそこが行き止まり。
そっとその扉を押してみると、抵抗なく開いた。きしむ音が心地よく耳に伝わってきた。
「……中、きれい。何この場所」
そこはまるで大きく立派な教会の中のようだった。私が暮らしていた協会よりずっと大きかった。白い石造りの床と壁、そして、いくつも白い柱が立ち並ぶ、大広間のような、大神殿の中のような空間が広がっているのが見える。
いつのまにか自然と引き込まれるようにそこに入った。と、その瞬間、扉が勢いよく閉まって――
「え?!」
そして、得たいの知れない何かが、広間の中心の方からぞわぞわと感じられた。
それは初めて感じた感覚。
絶対に触れてはならない存在の――
「……ほう?ここまでたどり着く猛者の割には、ずいぶんと華奢な姿よのう」
声の方を恐る恐る見ると、そこには緑のキラキラ光る綺麗なドレスを着た、長身の美しい女性が立っていた。この世の美を集めたようなその姿。けれど、人ではない。
目は二つ、それから、もう一つが額の真ん中に。
縦に割れるように額に目がある。
眼光が緑に光り、足元には蔦が蛇のように這い回っていた。耳は外側に尖り、大きく鋭い、エルフ耳。
「お主、武器は持っておらぬのか?よくそんな軽装でここまでこれたな」
「……あ、あの、あなたは」
「我はこの緑壇聖域を守護する最後の者、グリーンリリー」
「…………緑壇聖域?!」
賢者の秘宝館?!
「なんじゃ?知らずにここまで来たのか。間抜けか?」
静かに、背筋が凍りつく。
グリーンリリーから凄まじい殺気が。それだけで命を落としそうなほど。
「まあよい。史上初めてここまで至った勇者よ。しかし、ここは大賢者様の秘宝の保管庫。何人もこれより先に進むことは叶わない」
そう言うや否や、右手を向けてくるのが見えたので。
「ひ!」
びっくりして頭を抱えるようにその場にしゃがみこんだ。
…………あ、あれ?何もしてこないの?
「……なぜ。どういうことじゃ?」
「何?」
そっと顔をあげてみると、グリーンリリーが首を何度も傾げながら魔法陣を展開しては消していた。と思ったら、こちらを睨み付けて足早に近付いてくる。
「お主!一人か?!」
「は、はい!ひと、一人です」
「今までモンスターをどれだけ屠ってきたのか」
「も、モンスターをですか……?」
「500体か?1000体か。ボスは何体倒したのか」
「えっと、その、倒したことなんてないです」
「なに?!嘘をつくな!」
「ひっ……」
目の前に魔法陣を展開してきた……でも、やっぱり何も起こらなかった。
「…………お主、ここに至るまでにアークデーモン、キングヌビアは少なくとも屠ったのだろう?」
「え?いいえ……無理です。そんなこと」
「どういうことなのだ?ここまでどうやってきたのじゃ?」
「えっと、普通に、森に空いた洞窟を見つけて」
「うむ」
「そこに入って」
「うむ」
「それでここに着きました」
「なんでじゃ」
何度か同じ説明を繰り返すと、ようやくグリーンリリーが納得してくれた。
「――つまり、お主は今までモンスターと戦ったこともないということか」
「はい……すみません」
「いや、謝られてものう……しかし、困ったぞ。我の力はな、ここに入った者の『今まで倒したモンスターの質と量』に比例して強くなれるのじゃ」
「モンスターを倒した分を力に変えているのですか?」
「そういうことじゃな。ここは世界最高峰のダンジョンであろう?つまりはそこにいるモンスターも一級じゃ」
「はい」
「その最深部まで至れる者は、相当な鍛練と経験をつんだ者達であり、このダンジョンでも多数のモンスターとボスを屠るはずじゃ」
「そ、そうだと思います」
「では、それがまったくのゼロであるお主を前にして我の攻撃力はいかほどであろうか」
「……えっと、その、ゼロ?」
「正解じゃ!」
しーんと、静まり返った大広間がそこにあった。
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