21-1 エマの手帳はまじヤバイ
――あれから一週間。
その騒がしい熱はいまだくすぶっていて、新聞記事の一部は占有されたまま。新聞の事件記事に目を通しているところにクロエがやって来た。
「まだ新聞のネタは変わらないみたいね」
俺たちが犯人を倒したという誇張された記事が出たこともあった。
ローブ男を倒したエマと一緒にいた俺たちは、肝心の彼女らパーティがこの街を離れてしまったために、その分注目が集まってしまった。
はじめの頃はインタビューや、ゾーイ達にもつかまって大変だった。
「それで、ピラミッドの調査って今日で終わりだっけ?」
「確かそういう話だった。学校の先生達も戻るから、授業も通常通りになるはず」
「先生と言えば。聞いた?ローブ男の正体、ジーク元教授だって」
「聞いてる。学校をクビになったのはだいぶ前のはずなのに、今更こんなことをしたのはあの人形が手に入ったからだったのか」
「さあ?」
かつて、占星術の研究者だったジークはそのうちに死霊術の研究に手を出し、禁じられた実験を暴露されて学会を追放されていた。追放は俺たちの入学より前のことだから、彼と会ったことはなかった。
「あの人形の出所とか、この一週間の調査で何か新しいことがわかったりしたのかな?」
「どうだか。あそこの魔法陣を解析しても間違ったことをしていただけだから。構成をみたところで出所が分かるわけもないし」
「そしたら、なんとなく気持ちの悪い終わり方だね」
クロエとの議論はその辺にして、二人で図書館に移動した。
この一週間、まともな授業が開かれなくてむしろ好都合だった。お陰でオーナーズブックの勉強がはかどった。二人で一緒に読み込みながら、新たな魔法の構成方法について研究をしていた。
この魔法学校の図書館には予約制の実験室が併設されていて、そこでは魔法の実験がしやすい環境となっている。実験室には魔法防護が備えられていて、万が一の暴走なんかにも対応してくれる。
さすがに禁術の実験はできないけれど、それ以外については次々試していた。
……なぜ禁止されているのか、オーナーズブックには使い方と合わせてその理由が詳細に付されていた。それを読んで、倫理的な理由で禁止されている魔法については今後も使うことはないと思った。
「――歴史学に出てくる大崩壊戦役の一因、ゴーレムを戦略投入したことだって」
「あったね。あれ?でも、兄さん否定派でしょ」
「俺がイメージしていたのは、いや、普通そうだろうけど。ゴーレムって土人形のことだと思っていたんだ」
「うん。あ、そっか。死霊術のゴーレム?」
「そうだと考えると、大崩壊の一因になりえると思った」
土人形なら消費されても崩壊には繋がらない。だが、それが死人の戦争参加なら?
報復が報復を呼び、戦闘参加数が増大し、さらに生まれ変わりが抑制されていく。死んだ魂は世界から切り離され、戦争だけに消費され続け、そして生き物は減り続ける……世界は崩壊するだろう。
二人でその世界を想像し、背筋にヒヤリとしたものを感じた。だから、死霊術は禁じられている。
「ゾンビが跋扈する世界なんて、だれも住みたくないものね」
同時に、これほど破壊に有効な魔法も他にない。ジークはそれに魅了され、そして道を踏み外したのだろう。
「いかに優れていても、使っていいかどうかはまた別だな」
「そうだね」
さて、今日は実学。オーナーズブックの魔法を試すことにしていた。
転移魔法は通常、見知った場所通しを繋ぐ。けれど例外として、異界との接続にはその限りではない。異界と現世を転移魔法の応用でつないで、精霊なんかを召喚する。召喚魔法とは転移魔法と同系列なのだという。
「何となく召喚魔法使っていたけど、これを読むとすごい府に落ちたって感じがするね」
「召喚の魔法式をよくよくみてみると、転移魔法と共通した式があるんだよな」
床に魔法陣を描いていく。特殊なチョークを使って描き出す。
「………こんな感じか」
魔法は、魔力を動かす式を何らかの形で具現化して、それからそこに魔力を流して発動する。例えば詠唱は声で具現化している。魔法陣は魔力そのもので空中に描いたり、こういう特殊なチョークやインクを使って床や壁に描いたりして具現化するのだ。
魔法の発動前にもう一度オーナーズブックを確認した。
『異界とは一つではなく、次元の異なる宇宙、マルチバースのことであり、それぞれに固有の存在がいる。中には魔法に精通した存在や、魔法と体系の異なる技術を有する存在がいる』
「……神や天使の存在する異界が天界で」
「悪魔や魔物の存在する異界が魔界」
『この二つの異界の次元相対位置が現世に近く、比較的容易に接触でき、あちらから積極的に接触してくることもある』
「エマがダンジョンを調べて分かったのかな?」
「かもしれない」
『なお、天使や悪魔は非常に強く、賢く、人を見下す傾向があるため召喚に向かない』
「人間のいうことを聞かないんだね」
小さく吹き出しのようにしてメモが書かれていて『彼らと同等に強ければ交渉できる』とあった。エマは交渉できたのか?
『その次に近く接触しやすい精霊界には、エーテルだけで構成された精霊が存在する。そのほとんどがはっきりとした意思を持たず、そのため人の心に動かされやすいという特徴がある』
「そのために魔力で操ることができて召喚魔法の対象にされるわけか」
学校で教えている魔法にも異界の存在を召喚するものがあるが、事前に決めたことしかさせることができない。
実際に異界の存在を現しているわけではなく、一時的に力を借りて効果を出させるという魔法だからだ。召喚といっているが、その実は転写に近いような気がした。
これから試すのは、異界の存在である「精霊」を現世へ顕現させる、本当の召喚魔法だ。
『精霊はエーテル体というエネルギーのみで体が構成された存在であり、現世にただ転移させて召喚すると崩壊してしまう』
「……そのための依代」
小さな人形をクロエが魔法陣の真ん中に置いた。その辺の布と綿でクロエが作った人形だ。
精霊は一部を除いて現世では存在し続けられないらしい。肉体がない魂だけの存在、そんな感じだろうと理解した。だから、肉体となる依代、憑依できるものを用意する。
魔法陣の始点に両手をおくと、隣のもう一つの始点の前でクロエも同じ姿勢になっていた。
双子は魂が似ているからか魔力の質が同じで、息を合わせれば魔力も合わせられる。より大きな魔法を使うことができた。
二人、息をあわせる。
召喚するのは低位の火の精霊だ。肉体がなければ、ろうそくの炎のような小さな存在だろう。人形が燃えてしまわないことを祈る。
魔法陣に二人の魔力が流れ、陣をなぞるように光っていく。そして、陣全てが魔力の流れに光輝き、回路が完成して起動した。
ぱあ!と光に目が霞む。
「まぶし!」
「……うまくいったか?!」
二人で陣の真ん中を見つめた。視界がぼんやりしたところから戻ってきて。
「………んー?おいおい、おいら達を呼ぶならもうちっとましな物を用意してくれよ」
小さな人形が立って喋っていた。
「……喋った……」
「そら喋るさ。おいらは精霊王だぞ!そのへんのそよ風とかと一緒にされちゃ困るぜ」
「「精霊王?!」」
「うるさ!そんなに驚くことかい」
何か魔法式を間違えたのか……?
「いや、こっちは低位の精霊を召喚したつもりだったから……」
「ああ、そうだなー。ちっと門が狭かったな。あ!そっちの呼び出し方に問題ないぞ。おいらが横入りしたんだ」
「「え?」」
「だから、呼び出されていた小さな奴を押し退けておいらがここに来たわけさ」
「「なんで?」」
「面白そうだったから」
面白そうだったから?
「そんなことで?」
「面白いってこと以上に大切なことなんてないだろ」
人形の両手がばたつき、体を確かめるように自分を何度か触った。それからこちらに近付き上目遣いにこちらを見つめてきた。クロエが縫い付けたボタン二つがこっちを向いている。
「お前らの名前は?おいらはサラマンダーっていうんだ」
「サラマンダー……?」
四大精霊の?
「どうした?それで名前は?」
「ま、マテオです」
「………クロエです」
「マテオとクロエか。宜しくな!」
宜しく?宜しくってなんだっけ。
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