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賢者の叡智なコレクション  作者: 永頼水ロキ
第三章 賢者の機兵
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20 賢者と愚者

 エマに続いて皆が砂丘遺跡の出口から無事に脱出していくのが見えていた。次々に転移門の中に消えていく。


「…なにはともあれ、エマ達がいてくれてよかったね」


 賢者の機兵を手に入れたローブ男が国家転覆をたくらんだ。そして、その秘宝を追いかけて現れたエマ達。ということは、ローブ男がエマより先に機歯聖域を踏破していたってことになる。でも。


「なあ、機歯聖域を踏破できるようなやつが、あの程度の魔法使いだったんだろうか」

「え?何?」

「……いや、何でもない」

「ほら、あたし達も出よう!」


 転移門に入った――。


 ――一通りの自分たちへの聞き取り調査が終わって、ようやく自室に帰ってこられた時にはもう夜半を過ぎていた。クロエも自室に戻っていて、ようやく一人になった。


 聞き取り調査は皇国の軍部で行われ、その時、いくつかのことを教えてもらっていた。

 まず、軍と魔法学校の専門家を加えた調査団があのピラミッドに派遣されること。それから、エマが手にした「賢者の機兵」については結局彼女が持って行ってしまって、アイテムについてはその後調査ができずに終わったこと。


「賢者の機兵、か」


 ハイグレードな使用人人形、というか、性的な人形だったようにどうしても思ってしまう。

 あと、あれをエマがあそこまで欲したことが意外だし、「賢者の機兵」だというのは未だに信じられない。というか、機歯聖域がクリアされていたことも合わせて。


 ベッドに着替えもせずに転がった。天井を眺める。それから、ポケットから例の本を取り出した。あの人形の代わりとしてエマからもらった彼女の手記、オーナーズブックだ。


 開いて読み込んでいく。さっと読み進め、死霊術に関する記述で目が留まる。そこには様々な死霊術の方法がまとめられていて、それから続けてエマ個人と思われるメモ書きも残されていた。


『――死霊術に魂を用いる場合、それが永遠に異なる輪の中に放り込まれる』

「…異なる輪…?」

『魂は輪廻の概念を離れ、死霊として道具の一部のようにふるまう。死霊術すべてに共通する構造式によるものだ。おそらくは異界の存在が関係している』

「え?なんで異界の存在が絡むんだ?」

『この事実を知らず、罪なき魂を死霊術に用いることは最も避けるべきことであり、また、仮に罪の深い魂だったとしても慎重に取り扱われるべきだ。輪廻を外れるということは、単なる死ではなく、存在そのものの否定にほかならない』


 ぞっとした。

 輪の中というのは輪廻転生のことだろう。生まれ変わり。でも、死霊術に使われてしまうと、もう次の生を受けられないということなのか。


『私であればこの仕組みを回避した形で死霊術を展開できるが、普通の魔法ではこれを回避することはできない』

「普通の魔法、やっぱりエマの魔法は普通じゃないのか」

『弟子達にはこの事実を伝え、死霊術については使用させないようにしよう。いかに罪深い者であっても、死後まで許されざるというのは問題がある。女神の裁定を把握できないただの人が使うべきではない』

「……エマには女神の裁定がわかるのか?ん?弟子達?アリスだけじゃないのか。ジャックは弟子って感じじゃなかったから、他にいるのか?」


 それから死霊術以外の魔法に関するページを読むと、同じようにエマのメモが書かれていた。すべての魔法に注意書きがあった。その中には彼女の失敗談や体験も書かれていて、淡々としているものの、壮絶な過去も。


「覚悟がないとこの本は読んじゃだめだな」


 目を瞑った。あっという間に睡魔が襲ってきて、深い闇の中に落ちて行った。


 翌朝、新聞を読みたくて街に出て、それを手に入れたところ、同じように新聞を求めてきたエマとアリスと出会った。それから、街の一角にあるカフェで二人の正面に座ることとなっていた。

 四人の前にはテーブルがあり、その上に四つのカフェラテが可愛らしいカップに入っていた。


 それを飲むときには、さすがにアリスはローブをかぶらず仮面も外していた。その幼い顔はエルフではなく普通の人族だったので驚いた。一方で、エマはこちらの期待を裏切り、ローブをかぶったままで仮面の口元だけ外してカップを口に運び始めていた。


「アリスはエルフ族かと思ったんだけど。違ったんだ」

「ん?何でですか?」

「あれほどの魔法を習得するのに、その幼さはないなと思って」

「あー。まあ普通はそうですね。でも、師匠はエルフ族ですよ。目立つのを避けるために仮面をつけているんです」

「ジャックは?」


 今、ジャックはそばにいなかった。


「ジャックは小鬼族ですね」

「小鬼族?」


 初めて聞く種族。それに、エマがエルフだとして、口元の肌の色が黒く見えていた。知る限り、例の離島に暮らすエルフは真っ白い肌だ。黒いエルフといえば絶滅しているはず……。


「エマたちは当分この街で活動するのか?」

「いや。これから次の街に移動する。日守(ひもり)聖域に向かおうと考えている」

「それって……エルフの里にあるっていう?故郷に帰るんですか?」

「いや。故郷ではないな」


 クロエはエマがダークエルフだと気付いていないようだった。


「あれ?だけど――」


 クロエを遮るように口をはさむ。


「あの島国は鎖国していて入れなかったんじゃないのか?」

「大陸との交易が全くないわけではない。この皇国が唯一の交易国だ。エルフ族も人の、冒険者の力を借りることがあるのだよ」

「へー。知らなかったわ」

「ああ。聞いたことがなかった」

「ごく一部にしか知らされていない。冒険者と言ってもAかBランクにしか協力要請はいかないし、また皇国の上層部とギルドの上層部が知るだけだ」

「なんでエマさんが知っているの?Fランクでしょ?」

「私はAランク冒険者に知り合いがいる。彼らを通じて紹介状を受けているのだよ」

「「ほんとに何者?」」


 エマはまったく気にする様子もなくカフェラテを口に運んだ。それからこちら二人を交互に見つめる。


「あまり心配はしていないが、君らに託したあの本の中身について最後に一つ教えておこうと思う」


 真剣な眼差しに背筋をピンと伸ばした。


「あの本には魔法についてその使い方や構築方法を記したが、同時にその結果もたらされたものも記述している」


 黙って聞いていた。


「まずそれぞれの魔法を使う前に、それらを確認してからにしてほしい。賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ……私のように愚者にはならないでほしいからだ。失敗は時に取り返しがつかないことがある」

「……わかった。気を付けるよ」


 うむと言うと、目を閉じてカフェラテを口に運ぶ彼女の姿からはどこか哀愁を感じた。


 ……魔法は何でもできる。だからこそ、とても大きな責任が伴うのだ。


 そういえば、エマはどうして俺たちをここまで信用してくれたんだろう?

 そんなに長くかかわったわけではないのに、彼女はこれを俺たちが悪用しないと断言していた。なぜ、そう言い切れたんだろうか。


 俺もカップを口に運んだ。

*****

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