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賢者の叡智なコレクション  作者: 永頼水ロキ
第三章 賢者の機兵
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18-2 禁術

本日二回目の投稿です。

 倒れたアンソニーは動くことはなく、その場には赤い染みが地面に広がっていた。そこに走って寄った。


「どうした?!」

「ケイレブ!アンソニーは?!」


 すぐにトーマスも寄ってきた。倒れたアンソニーはうつ伏せになっていたので、抱き起こし仰向けにする。


「う……」


 その胸には短刀が突き刺さっていた。形状から投げナイフの類いだろうとわかる。顔色は真っ青で息をしていなかった。


 一撃?!いや、それより!


 顔を上げて周りを見た。

 傍にトーマスの顔が見え、森のうっそうとした中、遠くにジョンが不安そうに屈んで隠れているのが見える。そして、その木々の隙間から先程まで感じていなかった、言い様のない不穏な空気が流れてきていた。


「……くそ……」

「囲まれている……」


 ジョンは動けない。こっちも周囲警戒するしかない。完全に囲まれている気配がした。


「……どうする」


 隙を見せれば、すぐにこの投げナイフが飛んでくる。仲間が生き残れるとしたら……。


「俺が囮になるしかない」

「え……」

「トーマスの警戒でジョンを援護しろ。とにかく二人のうちどちらかだけでも逃げ切ってギルドに!それしかない」


 あえて隙をみせながら走り出した。逃げる方向は森の出口側直線に。途中から右にそれる。一見して慌てて逃げる、錯乱したように。


 気配のほとんどは狙いどおりこっちに向き、いくつか強力な投げナイフが飛んできたが、その度に間一髪のところを剣で防いだ。


「くそ、誰だ?!」


 走り抜け、障害物を生かし、とにかく逃げる。


「――ぐっ!」


 左足に痛みを感じて下を見る。そこには足から伸びるボーガンの矢尻が見えた。小さな矢が左の太腿に突き刺さっていた。


「くそ!」


 気がつくと目の前には地面が迫り、転倒して茂みに突っ込んだ。すぐに体勢を整えたが囲まれていた。


「なかなか生きがいいな」

「誰だ?!」


 そこには黒装束に身を包んだ男が一人確認できた。


「我――問題――ない」


 視覚と聴覚が揺さぶられるように歪み、男の声がうまく聞き取れなかった。頭痛が襲いかかってきて、暗くなっていく。


 毒矢――!


 遠くで自分の倒れる音を聞いたような気がして意識はそこまでだった……。


 ……しばらく暗闇の中。意識は漂う水の中を浮かんでいるような。夢を見ていないのに、夢の中にあるような、そんな不思議な感覚の中にあった。


 ……冷たい何かが顔に何度かついてくるのを感じて、少しずつ目が覚める。それが上から滴ってきている水滴だと気付くのにかなり時間がかかった。


「う……」


 目を開け暫くすると次第に視点が定まってきた。暗く湿った牢獄の鉄格子が見えて、自分の首を左右にふると、両手が壁に手錠で拘束され、自分が磔のように立たされていることがわかる。


 新人の行方不明……まさか俺が捕まるなんて。


 トーマス、ジョン。彼らの無事を願った。ギルドに報告が行けば、救出のためによりランクの高い冒険者が派遣されるだろう。


 視界が明らかになると牢の外の小さなろうそくが見えた。木の無骨なテーブルの上にはローソクのほかに、いくつか金属の棒のようなものが見えた。


 ……あれは……。


 それはかなり前に、古い遺跡系のダンジョンで見たものとそっくりだった。


 ミイラの処理、エバーミングに使われる道具にそっくりだった。内蔵を取り出したり、皮膚を刻んだり、そういうことのための道具。

 血の気が引いていくのを感じる。


「ああ、目が覚めていたのか」


 声には抑揚がなく、どこか深いところから聞こえるような男の声だ。テーブルの奥の方から黒装束の男が現れた。顔はローブに隠れてよく見えない。


「我が名はジーク。いずれ死王となるもの」

「……しおう?」

「死者の王だ」

「何を言っているのかさっぱり分からない」

「……死霊術というのを知っているかね?」


 自分の瞳が見開かれたのを感じた。


 死霊術。死人を従属させる魔術。当然、倫理に違反するためにほとんどの国で禁術とされている。


 冷や汗が吹き出てくる。


「知っているのだな」


 男の目が嫌に光って見える。震えが止まらなくなる。


「鍛えられた肉体と魂。そろそろレベルの高い肉体がほしいところだったのだ」


 殺された方がましだった。


 男はテーブルに近付き、その上にある金属の火掻き棒のようなものを手に取った。そして、牢の方に近付いてきた。


 男の狂気に満ちた目がこちらを見ていた。牢の鍵に手をかけ、押し開けて入ってくる。


「君は知っているかね?例えば、かつての大賢者は死霊術をよく扱っていたという事実を。そう、そうなのだよ。死霊術は決して忌むべき魔法では無いのだ」


 もう男は目の前に立っていた。


 跪いた男は金属の棒のような物をケイレブの足元に置いた。そして男は立ち上がり、彼の顔を覗き込んでくる。その顔は暗く無表情に近い。


「お客人、とりあえず眠るのが良いだろう。苦しむことも恐れることもない」


 言いながら男は右手を顔のあたりに持ってきた。


「……オリ、ビア……」


 走馬灯。彼女の顔が浮かび、そして何も分からなくなった――。


 * * *


 ジークは予定通り作戦を進めていた。作戦のフェーズは3番目に入った。


 フェーズ1はダンジョン「闇の森」を中心に冒険者の魂を集めること。また、強力な素体となる高ランクの冒険者も何人か生け捕り、それを素体にジェネラルゾンビを作り出した。


 フェーズ2は、ドクロ水晶にフェーズ1で集めた怨念を使い、死霊術デスマーチによるアンデッドの大量使役、それにより街を襲うこと。ここでジェネラルゾンビを一部加えて投入したことで、目論み通り、皇国魔法士達を引っ張りだすことに成功した。


「こうもうまくいくとは」


 皇国の軍は思惑通りの場所に後衛の魔法士達を配置し、遠距離魔法によるゾンビの集団の削減を狙ってきた。それは、つまり我が手中に落ちたわけだ。その場所にはあらかじめ転移の罠を設置しておいたのだ。


 フェーズ2の目的は転移の罠を設置したその場所に魔法士達を集めることだった。そして、先ほど転移罠は作動し、計画通りに魔法士達を誘拐することができた。


 笑いを堪えた。それでもくつくつとそれが漏れ出てきていた。笑わずにはいられないのだ。


 ……ずっと思ってきたことがある。


 世界にその名を知られている少数精鋭のAランカー「聖印の虎」がそうであるように。魔法は最も優れた武力である。彼らがたった四人で数々の高難度ダンジョンを踏破できているのも、パーティの一人である魔法使いの高火力を適切に運用している点にあることは周知の事実だ。


 では……その魔法にあって何がもっとも優れたるか?


 我が答えは「命をもって事を成す、死霊術である」と結論付けた。


 ゴーレムの一部も死霊術に分類され、かつての大崩壊戦役を成したのは、つまるところ死霊術ということになる。


「死霊術こそが至高の魔法なのだ」


 かつて、皇国に馬鹿にされたことがある。この考えを否定されたのだ。


 魔法学校で教授を勤めていた時、死霊術に関する論文を発表しようとした。だが、その論文は魔法学会から忌避され黙殺された。そして、結局論文が表に出ることはなかった。


「禁術だと?優れた魔法を禁止してなんとする。魔法学の発展を阻害しているのが己らだと気付けない無能め!」


 そうだ、かの大賢者も積極的に扱っていた魔法なのだ。否定されるいわれはない。


 いや、違う。あまりにも優れすぎているからか。


 恐れたのだ。この魔法がすべての魔法を超越し、遂には世界を変える可能性を秘めていることに。


「……だが、魔法学の祖、大賢者ゴールドに我は選ばれたのだ」


 奇跡か。否、大賢者が我を選んだ。


 この国の北西、内陸の山岳地帯には人が住めない街がある。代わりに、スチームで動く人型の機械のようなモンスターが跋扈し、その街にただの人が入れば命はない。集落型のダンジョン「機歯聖域」だ。そして、その奥には「賢者の機兵」が封じられていると言われていた。


 しかし、その「賢者の機兵」は、どういうわけか、今は目の前にある。


 秘宝「賢者の機兵」は「人の理想の形をゴーレムとして実現したもの」と賢者大全には書かれていた。つまり、この二体のゴーレムが起動すれば、我が理想を現実のものとしてくれるだろう。


 一体のゴーレムの滑らかな肌に触れる。


 ゴーレムと言っても大きく二つの種類が存在する。一つは魔法使いが土人形を操る魔法であり、これは錬金術や召喚術に分類される。一般にはこれをゴーレムという。

 もう一つは禁術、死霊術に分類される。死体を材料に作成され、駆動するエネルギーとして魂を使い自立駆動する人形と成す。


 まるで普通の人のような肌触り……そう、「賢者の機兵」は死霊術によるゴーレムなのだ。


 残念ながらこの二体のゴーレムは機能を停止していた。つまり、魂が抜けている。だが、我にはこれを起動する死霊術の知識がある。

 この二体のゴーレムを起動する方法、それがフェーズ3だ。


「皇国の魔法士連中全てを生け贄にしてやっと足りる量の魔力だろう」


 皇国魔法軍の魔法士達を集め、ついでに冒険者の魔法使い達も集め、一ヶ所に集合させたところで転移魔法の罠にかけた。


 転移先は生け贄の祭壇。


 愚か者どもを生け贄に、「賢者の機兵」を復活させる。そして、我は死王として世界に君臨することになるだろう。


 誰も我をバカになどできやしない。

*****

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