18-1 禁術
* * *
俺は冒険者だ。ギルドに所属しても、住所不定の自由人と世間からは見られていることは自覚している。
地元の仲間とパーティーを組み、もう何年たったんだろう。
「――ケイレブ!」
ギルドから帰ってきたところに仲間のアンソニーが声をかけてきた。
だいぶ飲んでいるようだな。
仕事を終えての一杯はとっくに始めていたようだった。ジョンとトーマスも同じく飲み進めていたようで、すでに一つ大皿が空いていた。
「オークの討伐依頼が張り出されていたけど結構いい値段だった」
「ほんとか、じゃあ今度はそれを受けに行こうか。ケイレブの見立てならいけそうなんだろ?」
「ああ」
「あ。ギルドに行ったとき、変わった新人がいなかったか?」
トーマスがそう言うと、隣で酒を飲んでいたジョンも頷く。
「そうそう、なんかギルドに新しく登録に来た新人が三人パーティで、どう見ても子供だったんだってさ」
「子供三人のパーティ?」
「らしいぜ。隣の国で申請が通っていたらしい。隣国ギルドは頭がいかれているのかもな」
「……大変そうだな」
「おい、ケイレブ。また、新人をカバーしようなんて思ってないだろうな?こっちだって慈善事業じゃないんだぞ」
「……ああ」
「パーティーなんだから先に相談してくれ」
そう言うと、トーマスは酒をあおった。
……翌朝、四人はギルドの館に向かって歩いていた。休みは週に一日だけ。あとは馬車馬のように働いても、大体宿代と装備代と……そして酒代に消えていた。
はあ。
ほかの三人に気付かれないようにため息をつきつつギルドの入り口の扉をくぐった。
「――お前みたいな出来損ないの来る場所じゃねぇんだよ!」
なんだ?!
「トラブルか?あいつ、例の新人君じゃないか」
見ると、妙な仮面とフードを被った子供がダイソンに胸ぐらを掴まれていた。ダイソンはこの辺りでは有名なトラブルメーカー、パーティ「猛牛」のリーダーだ。
どたん!
吹き飛ばされ、子供はぶつかった壁にへたりこんでそのまま踞った。
「ありゃあ」
「勢いよくいったねー……」
「大丈夫か」
「ケイレブ、また変に関わるなよ?」
助けに行きかけたケイレブの肩を叩いて、トーマスが少し睨んできた。
「……わかっている」
依頼板から例の討伐依頼が書かれた依頼書を破いて手に取り窓口に進む。
「依頼書確認します……この依頼なんですが、依頼人からの条件付きになっています」
「え?書いてないが」
「ええ。それも含めての依頼でしたので」
くそ。時々ある「外れ」か……。
貴族やギルド関係の依頼は面倒なことが多く、しかし、それが表には出ていない。後から「条件付き」として説明を追加される。そして、依頼書を手に取った時点でキャンセルが出来ない。
「あー……俺らはとりあえず準備のために宿に戻るよ。宜しく」
「分かった」
「では、こちらに……」
ギルドの案内嬢に連れられ、奥の部屋に通された。今回はギルドからの特殊任務だったようだ。
ギルドマスターがその強面のまま奥の椅子に座っていた。書類仕事をしていたようで、その手を止めてこちらを見てくる。
「マスター、オークの件でご説明をお願い致します」
「オーク?……ああ、あれか。『四の牙』のケイレブだな。とりあえず座ってくれ」
座ると、目の前のもう一つのソファにギルドマスターは移動してきて座った。スキンヘッドが窓からさす陽光に光っていて、その下に強面がくっついている。
「本件は行方不明者への対応だ」
「オークじゃないのか、くそ」
「そう腐るな。新人が何人か行方不明になっている。闇の森でな」
ダンジョン「闇の森」は街の西側の少し行った先にあり、安定して錬金術素材やドロップアイテムも手に入る。出現モンスターはゴブリンやオークが出る。難易度としては初級から中級のダンジョンといったところだ。
「モンスターにやられただけでは?」
「最初はそう考えていた。だが、立て続けに行方不明者が出ていて、新しいタイプのモンスターの出現か、あるいは……という話になった。オークなら、まあ、普通だが」
「……闇市にでも装備品が流れていたのか?」
「それはまだないな」
……まだ。か。
「お前らについては調べが終わっているから。あの依頼内容にして、張り出しをお前らが帰ってくるタイミングにしておいたんだ」
「実質指名依頼か」
「だからそう腐るな。信用されていると思え」
「とりあえず行ってくるが。よく分からないで終わるかもしれない」
「……ところで、お前んところのパーティメンバーとはどうだ?」
立ち上がろうとしたところを呼び止めたギルドマスターをみると、何とも言えない表情だった。
「どうだって?」
「毎回お前だけ報告に来ていないか?今日もお前の仲間達は来ていないじゃないか」
「別に俺が話をきいてる、問題ないだろう」
「……分かった。この件とは別として今度詳しく話を聞いておきたい。依頼が終わったらもう一度ここに来てくれ。ゆっくり話そう」
なんなんだ?
なぜか突っ掛かってきたギルドマスターに少し苛立ちつつギルド会館をあとにした。
宿の部屋に着くと、仲間達は用意を済ませてくれていた。
「お疲れ!で、何だって?」
「新人行方不明の原因調査。実質、俺達を狙い撃ちにしたギルドマスターの指名依頼だったよ。俺達は調査済みだと」
「裏には行方不明者の装備品が流れていたのか?」
「いや。特に確認されていないそうだ」
「それだとマジでオークとかの可能性もあるわけか。調査期間の指定は?」
「特に言われなかったからいつも通りだと思う」
「それだと三日」
「なぁんだ。値段相応の仕事量じゃんか」
「うまい話はないな」
宿から出発した。向かうは早速「闇の森」だ。ここから徒歩で数時間と少しでギルドが管理する入り口に到着する。
あとは、森の中を探索しつつ、痕跡を探ることになる。目標期間は三日間だ。
――このダンジョンは奥に行くにつれて名前通りの明るさになっていく。暗く湿っていて、モンスターも強くなっていく。入口辺りは初級で奥は中級、そんな感じだ。
とはいえ、普段であれば新人でも死ぬほどのことは少ない。一番奥に行くとオーク等の強いモンスターがいるが、この森の強いモンスターほど足が遅く逃げに徹すれば障害物も多いので何とかなる。
となると、どっかのくそ野郎の仕業の可能性もあるか……。
「そういえば、最近この森に来なくなったな」
「俺らもランク上がってもっと難易度高いダンジョンに潜るようになったからなー。久しぶりに来たが、やっぱりしけてるな。レア度の高い産出品は望めないだろうし」
「……待て!」
小さな声になってトーマスが屈んだ。すぐに他の三人も屈み、トーマスの指差す方を見る。そこにはゴブリンが数匹確認できた。
「三匹。他には気配はない」
「サクッと片付けますかー」
ジョンはそう言うと、弓に矢をつがえる。先制攻撃のあとは残り二匹を続けて、自分と長刀使いのアンソニー、二人の突撃で片付けることになるだろう。トーマスは引き続き周囲警戒しつつフォローに回る、それがこのパーティの基本的な戦略だ。
さあ、やるぞ!
カシュッという風切り音がジョンの手元からして、すぐにゴブリンの悲鳴が聞こえる。それを聞くやいなや二人が飛び出し、すぐさま残る二匹を切り伏せて片付け――
「え……?」
たった一言、そうこぼしたアンソニーが横で倒れた。
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