2-1 緑壇聖域
* * *
そっと私は自分の肩に手を触れる。スカーレットの右肩の後ろ、背中には大きな痣があった。
戦争、その時に付けられた傷跡。どうしてあんなことをされなければならなかったのか、わからなかった。私たちが何をしたというのだろう。
……戦争孤児になって、私はこの教会にやってきた。
でも、私は幸せ者だと思う。だって、教会には他にも同じような孤児たちがいて、いまでは兄弟姉妹となれたから。
それからは平和な数年がたった。平和になったことを祝うお祭りが毎年あって、それを楽しみにするようになっていた。そんなある日だった。
「――スカーレット?」
「はい?」
教会の神父様から呼び止められてその部屋に入った。そこには見慣れない男の人がいた。
「やあ。君がスカーレットだね」
「は、はい。そうです」
「スカーレット。こちらの方が貴方の養父になってくださるそうです。薬師のジョシュアさんですよ」
「え?!」
ジョシュアという男の人はにこにことこちらを見つめている。少し身長が高く、柔和な印象のひと。
「私の、お父さんになってくれるのですか?」
「そうだ。君はとてもよく働いているのだろう?私のところには息子ばかりでね。働き者の娘が欲しくなったんだ。だが、もう妻も子供をもうけられる様な年齢ではなくてね」
そういって、私に笑いかけてくれた。
「あの、でも私の」
「ん?大丈夫だ!何も心配いらない!」
私の背中には大きな傷があるけれど、それは神父様が伝えてくれているのかな……。
――足の早いジョシュアに連れられ、役場に来ていた。何やら手続きを手早く進めると、あっという間に養女となった。
「さて、これで君は私の娘となったわけだ」
「は、はい。宜しくお願い――」
「さあ!家に帰ろう!」
「え、あ……」
ジョシュアの家は街の中心、その大通りに面した店を構えていて、二階より上が住居というような形だった。とても綺麗な外観で、看板には「ジョシュア医薬品」と書かれていた。
「ここが私の店だ。私一代でここまで大きくしたのだよ?さあさあ、二階にあがるのはここからだ。もう営業は終わっているからね、明日は店を案内するとして二階にいる妻に会わせよう」
「え、あ、は、はい、お願いします」
ものすごい早口でジョシュアはそう言うと二階に上がっていった。それを何とかついていく。と、そこにはジョシュアと同じくらいの年齢の女の人と、私より少し年上の男の子二人が椅子に座って待っていたようだった。三人がほぼ同時に立ち上がってこちらを見て――
「ジョシュア?その子が?」
「ああ、スカーレットだ。スカーレット、私の妻のリアンと息子のレオナルド、チャルレスだ」
「宜しく」
レオナルドは握手をするようにこちらへ。でも、チャルレスは――
睨んで……違う……?
気のせいだったかもしれない。
「今日はもう大変だったでしょう?まずは着替えておやすみなさいな」
そういってリアンが私の手を取る。そのまま引っ張られるようにして三階の奥に連れられると、そこには衣装ダンスとベッドがあった。
「今日からここに住むのよ」
「私の、部屋ですか?」
「そう!準備しておいたのよ」
屋根裏部屋のようなそこは少しホコリが残っていて、たぶん最近まで使っていなかった部屋だったのだろうと思えた。小さな窓から外の空が見えていて、三角屋根の形が天井を見ると分かった。
「じゃあ夕食は下のキッチンでとるから、着替えたら降りてきてね」
それから、タンスの中にあった服を一通り説明してくれて、私は一人になった。着替えをして下に降りるとキッチンに三人が待っていてくれた。
「ようやく来たか、さあ、食べよう――」
カチャカチャとなる食器の音、みんな食べるのがとても速い。教会の兄弟姉妹たちに比べてとても。
街は中心ほど栄えていて、そこに暮らす人ほど日々の仕事が早いように見えていた。だから歩くのも早いし、食べるのも早いのかもしれない。
一代でお店を、この中心街で栄えさせたジョシュアさんは、きっとすごい。この早いのについていかなくちゃいけないのかな。
「ん?ああ。ゆっくり食べてもいいんだぞ」
「そうねえ。私たちはついつい仕事もあるから早く食べがちだけど。あなたはこれからお貴族様たちの隣で食べることを考えると、そうね、ゆっくりと優雅さが必要かもしれないわね」
え?お貴族様?
「ああ。明日の予定を伝えておかないといけないな。明日は風呂屋によってその体を清めてから、新しいドレスを新調しに行く。それから先生のところにあいさつに行くんだ」
「え、あの」
「父さん、それだと訳が分からないよ。スカーレット、君は僕らの家族としてお貴族様に嫁いでもらうことになっているんだ。そのために指導してくれる先生や、ドレスが必要になるんだよ」
…………嫁ぐ?
「そういうことだ。私のお店がもっと大きくなるためには、これ以上となるとな、有力者の後ろ盾が必要になるのだよ」
…………私が?
「そう、そのために貴方に家へ来てもらったのよ?」
でも、私は、私の背中には――。
つうっと冷や汗が出るのを感じた。
「じょ、ジョシュアさん、私――」
「ああ。不安になる必要はないよ?だって、お貴族様のところのお嫁さんになれば、ここよりさらにいい生活もできるんだ。ただ、身ぎれいにして、作法も学んで、それからになるから。まだ、この家で当分は暮らすことになるし、お嫁に出てもらうのは数年先の話だから」
「いつも父さんはせっかちだからね。だから、まだまだ先の話だから、一緒に家族として頑張っていこうな」
レオナルドの話も、終始無言のチャルレスも、早口のジョシュアに、そして時々冷たく見つめてくるリアンも。そうだった。ただの孤児でしかない私を求めているのではなく、その先にある貴族の後ろ盾を見ているんだ。そうだとしたら、私の背中の痣をしったら、知ってしまったら、どうなってしまうのだろう。
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