17-2 予兆
「…スタンピードが起こったみたいだ」
ギルド職員や冒険者の発言を集めて状況がわかった。
「スタンピード?!」
「ああ。『闇の森』からモンスターが溢れた。近くのいくつかの集落はすでに壊滅。この街にもそのモンスターの集団が迫っているらしい」
ダンジョンとは、特別なアイテムを産出し、モンスターを生じるエリア一帯を指す。そして、その形状から様々な種類がある。
例えば、「砂丘遺跡」のような転移門を入口として異界に存在するダンジョンは異界型に分類される。他に、洞窟型や城塞型、街がダンジョンになっているようなケースは集落型とよぶ。そして、「闇の森」は平地型のダンジョンだ。明確な境目がなく、ただの森のように見える。そのため、ギルドは柵を闇の森周囲に設置して、入口を狭める対応を取っていた。
異界型や洞窟型など、入口が始めから限られているダンジョンは比較的管理がしやすいダンジョンだと言われている。管理とは、冒険者の入退場だけではなく、もう一つ重要な側面、発生するモンスターの管理も含んでいた。
ボスは別として、ダンジョンの産出物はすべて外に出すことができる。アイテムだけではなく、それはモンスターも含まれる。平地型のような明確な境目がないタイプのダンジョンでは、そこに発生するモンスターが周辺の集落を襲うということは日常的にありうることだった。そして時に、大量のモンスターの氾濫、つまり、「スタンピード」と呼ばれる災害が発生することもある。
かつての「大崩壊」の発生理由としてスタンピードが挙げられるほど。甚大な被害をダンジョン周辺にもたらすが、その発生メカニズムは未だに謎とされていた。
「闇の森ってことはゴブリンとかオークが溢れたってことね」
「いや、それがゾンビらしいんだ」
「え?!」
「他にもアンデッド系のモンスターを中心に溢れてきているという話だ」
「そんなことってあるの?」
とはいえ、ここは世界有数の軍事国家、グンダード皇国だ。ギルドの冒険者集団に皇国の軍隊。ゾンビの群れなど相手にならないはずだ。すぐに事態は沈静化されるだろう。
……そう思っていた。それなのに、しばらく待っていてもギルドが落ち着きを取り戻す気配がない。どんどんと職員や冒険者達の混乱が広がっているように見えた。
どうやらそう簡単な事態ではないようだった。
「――皇国からの支援要請が――」
「――Aランクパーティーは出払っていません。数を集めるしか――」
聞き耳をたてていた。すると、後ろから声をかけられた。
「マテオ殿か。何用かね?」
クロエと振り向くとそこにエマ達三人が立っていた。
「エマ!……学校の休みだから、エマ達と会って魔法学の話をしたかったんだ。けど、それどころじゃなさそうだ」
「うん、たぶんだけど『デスマーチ』みたいです」
「「デスマーチ?」」
クロエと再びハモって聞き返してしまっていた。
「うむ。死霊術だ」
「でもギルドはスタンピードって」
「それは違う。スタンピードはあくまでもモンスターの氾濫だ。闇の森の発生モンスターと種類が違うから間違いなく異なる事象といえる」
「アンデッドを大量に発生させる死霊術がデスマーチなんですよ。使い方に制限があって事前準備が必要な戦略魔法ですね」
戦略魔法?!
「闇の森では最近行方不明者が続出していたらしい。さらに、もともとダンジョンとして死人には事欠かないだろう。死霊術デスマーチには無念や恨み、死者の怨念を使う。必要なアイテムも近くで手に入る」
「必要なアイテム?」
「デスマーチは怨念を集めておく『魂縛石』が必要だ。いくつかあるが、その一つが君が手にした『ドクロ水晶』だ。つまり、砂丘遺跡の宝物アイテムだな」
「ドクロ水晶にそんな効果があったのか?!」
「あれは一般には占星術用のアイテムとして知られているが、本当の使い方は魂縛という魂の保存であり、死霊術用のアイテムの側面が強い」
「現代、死霊術は世界的に禁止されているからそのことは伏せられているのじゃないですかね?」
「兄さん、そういえば、レポートをまとめるときに『過去の歴史で生け贄の儀式に用いられた』ってなかった?」
そういえばそんなこともどこかの論文に書かれていた。
「でも、じゃあ、いったい誰が死霊術なんて……」
「それはさすがに分からない。ただ、事実としてアンデッドの群れと、ジェネラルゾンビが発生しているらしい」
ジェネラルゾンビはボスクラスのモンスターだ。他のアンデッドを強化するバフを周囲に撒き散らす厄介なスキルも持つ。
「それもデスマーチの効果?」
「いや、異なる死霊術だろう」
「そういう意味でも自然発生のスタンピードではなく、誰かの意図的な破壊工作と考えられるってことか」
「……三人は、どうするの?」
クロエは少し声を落として問いかけた。助けてほしい、そういう気持ちが聞き取れた。
「ギルドからは街にいる全ての冒険者に協力要請が出ている。そのため我々も動き出すところだ」
「俺達も手伝う」
「え?!ちょっと兄さん!」
「学校はこの街にあるんだ」
しばらく黙っていたエマは静かに頷いてくれた。
「よかろう。では、我々と共に来ると良い」
ギルドで作戦参加の受付を済ませ、街の外に繋がる正門の手前まで来た。そこには他にも皇国軍の兵団や冒険者達が集められ、戦力の確認などが行われていた。魔法使いはまとめられて後方支援を依頼された。
「楽しみですね、師匠!」
「それはさすがに不謹慎だろう」
「な、何が楽しみなの」
「……えっと皇国の法士のレベルを知れるチャンスだと思っちゃったんです」
そう言ってアリスは、やはり期待を隠しきれずに肩を揺らしてそわそわしていた。
街の防護壁の外に出ると、平原の遠く、闇の森の方角から砂煙が見えていた。盾持ちが前面に壁を作り、少し高台になっているその平原の奥を睨んでいる。あの高台の向こう側に闇の森が立地しているはずだ。
魔法使い達の取り纏め役、皇国軍の魔法士官が号令を魔法でかけてきた。頭のなかに直接声が響く。
『遠距離攻撃魔法を各自用意!敵を高台に確認次第、可能な射程で放て!味方に当たらぬよう敵が突破してきた場合は近接戦闘を盾役に任せろ!敵を可能な限り遠方で減らすのが君達の役割だ!』
隣に立っていたエマは周りを見回し、それからポツリと漏らすように口を開く。
「魔法力の総量が足りない。押し負けるだろう。昔よりレベル帯が下がったか?」
「え?」
「ああ。いや、何でもない」
トントン、とエマは右足で地面を叩いた。
すると、高台の向こう側で大きな音が聞こえ、その場の全員に動揺が走った。さらに地響きが続く。
「なんだ?!」
「何が起きている?!確認を急げ!」
「ゾンビの群れか?!」
人の頭の様なものが高台の奥に一瞬見えた。見間違いでなければ――
「ゴーレム!?」
『全員気を付けろ!ゾンビだけじゃない!ゴーレムもいる!』
とんでもない大きさのゴーレムが混じっている。あんなのに襲われたらひとたまりも……おかしい。明らかにこちらに迫る速度が遅い。
「あれは私のゴーレムだ」
「師匠の『鐵』ですね」
巨人のゴーレム召喚?……こんなに離れた、目視できない位置に……。
「――来たぞ!」
その時、正面の別の冒険者の声で我に返った。みれば、そこにはゾンビの群れが。討ち漏らしのゾンビ達が現れていた。
今は目の前に集中しろ!俺達が要なんだ!
遠距離魔法を組み上げる。クロエも続いていた。
アリスが目をらんらんと輝かせ、両手を前に突き出して陣をくみ出しているのも横目に見えていた。
全員の魔法陣展開や詠唱が進み、そして、一斉に魔法が放たれた。
雷や火炎、氷の矢…多くは弧を空中に描いてゾンビの群れにぶつかっていく。その光景は、まるで祭りの花火のようだった。
少し時間差があって、ドオオン!という轟音が響き渡った。砂埃がゾンビたちを包んで消した。
『よし!いいぞ!休まず放て!』
「ん?ああ。そういうことか」
隣のエマが一言。その次の瞬間、みんなが立っていた場所の地面を魔法陣が覆いつくしていた。
「兄さん!これって!」
やばい!!これは、転移魔法か?!
一瞬、足元からものすごい光に包まれて、それから何も見えなくなった。
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