15-1 賢者の写本(仮)
「なかなか気骨な王子様なのね。貴族にしては体付きが冒険者みたいだし、とっても素敵…。でも意外ね。あたしたちを捕えるために来たのかと思っていたわ。だって、もうあたし達が何者なのかわかっているんでしょ?」
「民に討たれるような領主や首長を私が守ってやる義理はないな」
この辺、あー、ニックスにそっくりだ。私と同じ転生者なんじゃないの?
「ニト様のおっしゃる通り、目的の一つには内乱を止めることもございました。ただ、わたくしたちの相手は皆さまではありません」
ソフィアはそう言って笑顔を向けてきた。
要は、賢者の写本の行方の確認と、街を囲んだ軍の対処の両方を直接するために来たということだろう。
そして、そのままソフィアはエイドリアンに顔を向ける。
「……エイディー。この方々は皆さん勇気があるのよ。痛みを伴い、リスクがあっても苦難を乗り越えるためにすべきことをされたのね」
「ああ。皆が国に代わり正義を成してくれたこと、個人としてではあるがこの場で感謝する」
一瞬ニトは驚きつつ、すぐに表情を緩めた。
「殿下にそう言ってもらえたなら、これ以上の誉はないわね!それから謝っておかないと、あたしは国もガイウスを支援しているのかもって思ったこともあったから」
少し間があってエイドリアンが腕を組んだ。
「感謝だけではなく謝罪も必要だったか……そうだな。先にこの件を話すか。今回、君たちの行為は残念ながら違法行為だ。何も準備をしなければ極刑も免れないだろう。だから、準備ができるまでは地下に潜っておいてもらいたい」
「逃げろと?」
「いったんは、そういうことだ」
「………ふふ、分かったわ」
すっと緊張の空気が緩み、ようやく皆、椅子に深く座ることができたようだった。
みんなが飲み物に手を付けると、ニトがおもむろに口を開く。
「それで、もう一つの目的の方だけど」
「ああ。賢者の写本のありか、それが知りたいんだ。君たちの方で得ている情報はあるか?」
「そうねえ」
ニトはそう言うと天井を眺めるようにして今までのことから導いた彼なりの考えを話し、そしてそれを聞いたエイドリアンが反論や他の意見を述べ始めたのだった。
ふと、横を見る。師匠は目を瞑ったまま…明らか冷や汗をかいていた。
* * *
失敗した。『導きの声』があまりに便利だったために。私は失敗したのだ。
目の前では頓珍漢な議論が繰り広げられていた。
伝説の秘宝がいったいどこにいったのか。
だがその真実は、自分の本棚に入っていたエロ本を見られそうになった男が、見られたくなくてとっさに燃やしたという程度のことなのだ。それを、あーでもないこーでもないと、多角的な視点でまじめに語り合っている。
勘弁してほしい。
横を見れば、私のことを世界で一番尊敬していると豪語する一番弟子の少女による不思議そうな視線。
ここは地獄か?
「……エマは、どう思うかしら」
こっちを見るな。私は嘘を付けないのだ。
「む、難しく考えることではない。『聖印の虎』が中途半端な嘘をつく意味はなく、ギルドもまた同じ。そうであれば報告書に書かれたことがすべて真実であり、賢者の写本はダンジョン攻略とほぼ同時に消えたのだとわかる」
「私は、正直納得できないのだ」
なんでだ。
ニックスそっくりの男は真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
私がこの件に関与している疑念をもっているようだ。その通りだから始末が悪い。そんな勘のいいところまで似なくていいんだ。
「王家に伝わっている話がある」
ニックスの残した言葉か?
「秘宝は他のアイテムとは全く異なる物だという。それを手に入れれば、賢者の秘密を知ることができると」
なんて言葉を残したのだアイツは。
「へえ、そうなのね」
「師匠の秘密?っていうか、私も弟子の一人だったのに、『賢者の秘宝』のことまったく知らないのはなんでですかね」
おい、黙れ。
「何を言っているの?アリスの師匠ってエマじゃなかったの?」
「そうですよ?だから――むぐぐ」
「アリスはよく誤解を招く表現をするのだ、許してやってほしい」
そう言いながらアリスの口をふさいだ。恨めしい声を引き続き上げているが私は無視して続ける。
「それで…秘宝が消失していないとなぜ考えられるのか」
いろいろと理由を並べているが……どちらかといえば報告書の通り消滅したと考えた方が自然だ。それなのに、なぜ、ここにいる者たちはあの本が「消えていない」と主張し続けるのか。
「……大賢者を知ることができる遺産が、そんな簡単に消えるはずがないからだ」
願望かよ。
「そうね。きっとそう。ふふふ。だってただ消えたなんて、ロマンがないものね」
……ロマン?
「エイディーは初代様を尊敬しているのです」
「初代、というと、ニックス・アルバーナーか」
「はい。そして、彼の師のこともずっと憧れ続けていたのですわ。この世界中の誰もが大賢者のことを尊敬していますが、エイディーはそれ以上なのです」
………私を尊敬している。憧れている?……そうかそうか。わかった。分かったから、もう。
そんなことはどうでもいいから、あの本のことはもうよくないか?
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