13-3 賢者の写本
エイドリアンとギルバートの表記を間違えていた為直しました。
「すまない。不躾なことを」
つい口走ってしまった。
「それで?」
「ああ。街の外に出るのはやめておいた方がいいから呼び止めたんだ」
「外の者たちのことか?むしろそのために向かっていたのだ」
「……では、状況を分かっていて?」
ソフィアの問いにエマは振り返りつつ頷いていた。
「隣町の首長が軍団規模でこの街を攻めようとしているのだろう。それを止めようと思っている」
エマからその言葉の実現に疑いようのない存在感が溢れていた。
まるで人智を超えた存在がその仮面の裏にいるような、そんな空気があった。
「私はエマ。こちらはジャック」
「…私は、エイドリアンだ」
「ソフィアと申します」
騎士二人も名乗ると、こちらをじっと見つめてきた後、エマは考えこむように右手をこめかみにあててから口を開いた。
「エイドリアン殿は……外の者達がなぜこの街を攻めようとしているのか、その理由を御存知なのだろう。ガイウスの救命のためとは思えない彼らの行動の理由を。それを教えてもらえないだろうか」
「それを聞いてどうする」
「女神の裁定にかけて、やり方を決めたい」
「やり方だと?」
「うむ。殺して止めるか、殺さず拘束に留めるか」
騎士たち二人が後退った。無理もない。感じる殺気の桁が違う。
「なんで私がそれを知っていると思うのかはあとで教えてもらおう――」
私が今把握できている情報を伝えると、次第にエマはそわそわし始めた。最後まで聞き終わって、その後一度深呼吸した。そうしてから、こちらに背を向けた。
「……くそ……さすがに考えなしにやりすぎたか」
……何?
「何の話を――」
「つまり、この混乱の責任の一端が私にもあるということだ」
独り言を止めるとエマはすっと右手を地面につけるようにした。その次にぶつぶつと何か詠唱していた。
魔法式、か?
聞いたことのない詠唱が続き、そして最後だけ聞き取れた。
「――夢幻牢獄…!」
その瞬間、魔力が一つの流れになって街の外に向かうのを感じた。とてつもない力の流れ。
そして、私たちは背筋が凍った。外に感じていた軍団規模の圧力が一瞬で消えたからだ。兵たちの存在感が消え失せ、この街を囲んでいた殺気が消えていた。残ったのは、街の中央の方に渦巻いているガイウスへの悪感情だけだった。
「何をした…?」
ソフィアたちは恐怖に沈黙していた。私だけようやく声に出すことができた。
その質問にエマもジャックも反応することもなく、二人は踵を返し、私たちの横をすり抜けるようにして街の中央の方に去っていったのだった。
恐怖と混乱。エマ達の姿が群衆の中に消えてから少しして、ようやくそれが収まってきて私たちは動けるようになった。
「外の様子を確認しましょう!」
騎士の一人に言われ、私たちは街の外に出た。それから遠視を行えるダンジョン産出品の一つ「望遠鏡」を取り出し、周辺を観察した。
「…ギルバートの軍が、消えた…?」
そこにいたはずの二個大隊規模の軍が跡形もなく消えていた。
彼らが設置したと思しきテントや武具、馬の類はそのままそこにあった。それなのに兵だけ、ギルバートだけが忽然と消えていたのだった。
「まさか、レジェンダリーランクのアイテムでも使ったんでしょうか?」
「使用していた形跡はなかった」
「…魔法を詠唱していたように見えました」
「そんな規模の魔法があるのですか?!」
確かに軍や城、街一つに影響を与える戦略級に分類される魔法はある。だが、それは大型魔法陣を複数人で起動して行うものであって、一人で、しかも詠唱だけで成せる話など聞いたことが……いや、歴史上にそれが出来たとされる人はいた。
「………大賢者ルーカス・ゴールド」
街を振り返った。そして、再び寒気が襲ってくる。
賢者の写本はただ消えたのか。そんなはずはないのだ。
* * *
遠視の魔法はこの体でもうまく使うことができた。まだ若く、魔力が安定しないけれども、この程度の簡単な魔法はやはり支障なく使えた。正直、ニーグレトのメンバーに助け出されなくても、私はガイウスの邸から逃げ出せたと思う。
さて、遠視の先で街を囲うようにしていた軍が消えるのが見えた。一瞬のことで誰も理解できなかったとは思う。
復活した師匠はずいぶんと可愛らしい姿になってしまっていたけれど、以前よりもその力は増していたようだった。あの神通力は、昔の師匠であればもう少し発動に時間がかかったはずだし、あの数の人を牢獄に詰められるほどの力はなかったはずだった。
神通力『夢幻牢獄』。
一時的に異界の牢獄に人を転送する神通力。そこには異界の看守もいるのだとか、師匠から聞いたことがある。
……殺すほどの罪状じゃなかったから、いったん禁固刑にした、みたいなことかな?
「――師匠っ」
「…また君か」
「えええ、ひどいですってば!まだ私のことがわからないんですか?!」
街の喧噪に消えようとしていた師匠を掴まえた。
今は、エマと名乗っている師匠は、私と同じように若返って、そのうえ、ダークエルフのようになってしまっていた。飛びつくようにしてその小さな手を掴んでいた。
ジャックから一瞬殺気が来たが、おそらく彼は私が誰かわかっている。そのうえで師匠に黙っているのだから性格がよくないのは言うまでもない。
「うーむ。現世に知り合いは生き残っていないと思っていたが」
「まあ、半分は正解ですけど」
「半分?」
「私です!一番弟子のアリス・エルフレアです!」
ようやくわかってもらえたのか…師匠の目が見開いたのが仮面の隙間から見えた。
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