13-1 賢者の写本
* * *
王都。そこにある王城の執務室において、エイドリアン王子は二つの報告書を部下から受け取っていた。
まず一つ目の報告書を手に取りつつ、部下のゼノアを睨み付けた。もちろん彼を攻めているわけではないのだが、視線が厳しくなるのは致し方がない内容だった。
「首長が賊に誘拐された?」
「はい。報告書には記述をできませんでしたが、以前から活動していた義賊のようです」
「義賊?」
「リーバイト侯爵家はガイウス男爵の管理ができていなかったようですね」
頭が痛くなってきた。
「報告書には書けなかったと?」
「は、口頭でお伝えします。ガイウス・ベリンガムは数々の違法な取引に関与した嫌疑があり、それをニーグレトという集団が妨害し続け、民を守っていたと。また、ガイウスは子飼いの傭兵を使い、村をニーグレトの名で襲わせ、奴隷とする者を攫っていた嫌疑もかけられています」
「それは私の『使い』による情報か?」
「はい。リーバイト家の領地ですので、あくまでも表に出せない情報です」
「なるほど」
「明確な証拠までは獲得できていませんでしたが、どうやらニーグレトはガイウスの誘拐時にそれらを取得し、民衆にさらす用意をしていると思われます」
「なんということだ。リーバイトは面目丸つぶれじゃないか」
「ええ。そうなってからでは、かの家にも何らかの罰も与えないといけないことになるでしょう」
「それで、ギルバートが軍を動かしたのか」
もう一つの報告書にはギルバート・ベリンガムが軍を率いて、ガイウスの治めている街に進軍しているというものだった。
「この動きの目的は異なるようです。これも報告書には書けなかったのですが、どうやらエルダー聖域が攻略されたようです」
……何?
「私も驚きました。Aランクパーティ聖印の虎が攻略したと」
「賢者の写本を手に入れたのか?!」
「それが…彼らの報告を受けたギルドによれば、賢者の写本は消失し、代わりに強力な武具を得たとしています。その報告書がギルド本部からこちらに先ほど届きました」
「なんだそれは?」
「そうなんです。この報告書の正否をめぐりギルド内は混乱し、一方でなぜか聖印の虎は何事もなく街を去っています」
「まったくもって詳細が判然としないじゃないか」
頭痛がひどくなってきた。
「それで。その件とギルバートが軍を動かした件がどのように繋がる?」
「今申し上げた通り、ギルドから上がってきた報告書の内容は不自然です。この報告が我々の下に届く前に、当然首長であるガイウスは知るところとなっていました」
「そうであろうな」
「そして、ガイウスの弟であるギルバートもまた、個別のルートでこの報告書の存在を把握したようです」
「我々王家やリーバイト侯爵家より先に?」
「はい。そこで、ギルバートはどうやら次のように考えたようです。ガイウスとギルド長が結託し、賢者の写本を隠したのではないか、と」
「……確かにそう考えることもできる」
大賢者ゴールドの秘宝の一つ、賢者の写本。
それを入手した冒険者が現れた場合は、すぐさまそのことを王家に報告すること。これはギルドや各貴族への王命だった。
冒険者がそれに従うかどうかは、自由気ままな冒険者次第ではある。ただ、聖印の虎はエルダー聖域を攻略したことを隠さなかった。
報告書のどの部分が嘘だったか。その捉え方次第で状況は変化する。
例えば攻略そのものが嘘だったとする。その場合、聖印の虎の自己顕示のためだと考えることができるだろう。
例えば賢者の写本が失われたという部分が嘘だったとする。聖印の虎がせしめようとしているとも考えられなくはないが、彼らの立場ならば、そもそも攻略したことを伏せればそれでいい。報告を求めてはいるが、しなくても彼らにとって問題にはならない。そうすると、やはりギルドが隠したと考えた方がしっくりとくる。
とはいえ、いずれのケースでもお粗末なやり方だ。ギルドやAランク冒険者のやることじゃない。
では、すべて真実だったのか。
世界を変えるかもしれない、そんな秘宝が消えたなどという報告が真実なのか?
結局は堂々巡りを続け、何が真実か、この報告書では何もわからないのだ。
「ギルバートは写本を奪うため軍を動かした、ということか」
「いろいろな可能性があります。一つはその通りですが。もともと彼は長男を排し、自らが男爵家の家長になることを目指していたという別の情報もあります」
「つまり、ガイウスを逆賊として討つ大義名分にしたと?」
「王家に嘘の報告をしたなら重罪ですから」
「秘宝の有無に関わらずってことか」
ゼノアは静かに頷いた。
「…そういえば、その報告を一番に受けていたのはガイウスだろう。奴はどうしていたんだ?」
「どうやら攻略の報告そのものを虚言と決めつけて特に何もしていなかったようです」
それぞれに受け止め方が違ったということだ。
「そして、今は身から出た錆で義賊に誘拐され、断罪を待つ身になり、一方、それとは関係なく弟のギルバートが攻めようとしている」
「ギルドの報告書に対しては要調査案件として調査官を送ることが通常でしょうが、その街が貴族同士の小競り合いの真っ只中とあっては難しい状況になっています」
「ずいぶんと、混沌としているな」
「はい」
「……実際はどうだったのだろうか。賢者の写本は未だダンジョンの奥にあるのか、それとも誰かの手に入っているのか」
「私にも見当が付きません。どれが真実だとしても不自然ですから」
賢者の写本を誰が隠そうとしているのか。それとも、そもそも攻略自体嘘だったのか。嘘だとしてそんな嘘をつく理由は?あるいは、本当に賢者の写本は失われたのか……。
秘宝は他に類似品はない。神話級、ミソロジーランク品だ。ダンジョン産出品は基本的にレア度に比例して、強力だったり有用だったりといったアイテムである。
王家に伝わる伝説では、秘宝は他のアイテムとは全く異なる物だという。それを手に入れれば、賢者の秘密を知ることができるとあった。
伝説の大賢者、彼だけが行使できた神通力の秘密が知れるかもしれない。
もしも。もしも誰かが秘宝を手にしたのだとしたら。
目の前に、昔読んだ英雄伝説が転がっていた。
「殿下。どうされますか?」
「……直に判断したい」
「は?いや、殿下!今、内戦が始まりかけているんですよ?!そんなことが出来るわけ――」
にっと笑みを向けるとゼノアは押し黙った。そしてしばらく唸ってから。
「護衛を今度こそ付けますから!それが条件です」
「よし!明日朝、向かうとしよう」
「明日?!ソフィア様とのお約束が――」
「彼女には連絡しておくからさ」
ゼノアは頭を抱えてため息を深くついていた。
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