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賢者の叡智なコレクション  作者: 永頼水ロキ
第二章 賢者の写本

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11-1 ニト

 * * *


 ニトは教会へ来ていた。

 孤児院を兼ねたこの教会には多くの恵まれない子供達が住んでいる。私財がなく路頭に迷う人に炊き出しなど、この腐った世の中で数少ない救いを与えてくれる場所だ。


 少し狭い廊下を抜け、子供達が遊ぶ教会内の中庭に出た。と、あっという間に子供達に囲まれる。


「ニトだ!」

「あそぼーよー」

「お話しして!して!」

「うふふ。いいわよ。じゃあ、あたしが昔入ったダンジョンのお話をしましょうか」

「やったー」


 わちゃわちゃと子供達は喜び動き回る、その姿は天使のように見えた。


 ……昔、自分が潜ったダンジョンは氷でできた城。青白い城の中はとても広く、外の光が乱反射する氷の中、しんと冷え込んでいて、どこまでも静かな場所だった。


「――そのお城の中庭はね。赤や黄色、紫に緑、あらゆる色の蝶々が地面一杯にいるの。あたし達がそこに入ったら、広い広いその庭いっぱいに、その蝶々が飛び上がったのよ」

「きれい……」

「なにそれすげー」


 女の子はほっとその美しさを想像してため息をつき、男の子は冒険心に火をつけていた。


「蝶々はね、同じ色同士で連なって飛ぶの。そうするとまるで虹の帯が空を舞うように、氷の壁でおおわれた大きな中庭いっぱいに飾り立てたのよ」


 その光景はいままで見てきた景色の中でも特に美しかった。


「うわーすごいねー」

「行きたい!どこにあるの?!」

「いきたい!!」

「ふふふ。そうね。大きくなったら連れていってあげるわ。そのためには好き嫌いせずに食べること」

「ニンジンも食べなきゃダメなの?」

「当然ね」


 うーと、悩みながら、でも食べるのだろうその姿は愛らしい。


「――ニトさん!」


 その時、遠くから走ってきたのは部下の一人、カールだ。


「どうしたの?慌てて」

「こちらに来てください!」


 教会の奥の部屋、そこに二人で入った。小声でカールが告げる。


「エルダー聖域が踏破されたようです」

「なんですって?!……誰がやったの?」

「聖印の虎です」

「そう……さすが、というべきなのかしら。やっぱり『鬼の塗り薬』を使った攻略は正しかったのね」


 噂で「鬼の塗り薬」を彼らが買ったという話は聞いていた。そして、エルダー聖域が状態異常を主要なダメージリソースとするダンジョンであることは有名。


「ただ、彼らは踏破したが写本は手に入らなかったと言っているようです」


 何それ。


「意味が分からないわ」

「ええ、そうなんです。それからギルド内は今混乱しているようです」

「どういうこと?」

「何から説明すれば…そうですね、まず、聖印の虎から直接報告を受けた職員はその内容に納得し、それを報告書にまとめました」

「…それで?」

「それなのにその報告書の内容は矛盾だらけだった。報告書によると、聖印の虎はエルダー聖域を踏破したが、その最終宝物である賢者の写本は消失したということです。そして、その代わりに強力な武器を手にしたと」

「……確かにおかしな報告内容ね。んー、担当職員が新人だったとか?」

「いいえ。これほどのことを新人が担当するわけはなく、対応職員はエルダー聖域の門番やベテラン、さらに上役も含まれていたようなのです」

「ごめんなさいね、意味が分からないわ。つまり、矛盾を指摘できないような職員ではないのに、わけのわからない報告書を上げて、それで他のギルド職員が混乱したってこと?」

「ええ。そういうことのようです」


 待って。


「まさか、聖印の虎は写本を使ったんじゃない?」

「どういうことですか?」

「写本の詳しい効果はいまだ不明よね。賢者大全に載っている情報は概念的なことしか書いていなかった。例えばだけど、写本によってあらゆる禁術を把握できる力があるなら、それで担当職員の記憶を改ざんしたとは考えられないかしら」

「……まさか」

「あれはレジェンダリーの上、ミソロジーランク品。神話級よ。だから、普通ならギルドや国に取り上げられるでしょう。冒険者が貴族たちの言うことを聞く必要はないと表向きされていてもね。もちろん相応の対価はもらえるでしょうけど」

「彼らはミソロジーランク品が惜しくなって、それを使ってかく乱したと……あとはそもそも踏破していないということは?」

「もちろんその可能性もあるけれど、それより『賢者の写本』が聖印の虎に渡った可能性を考えた方がいいわ」


 あれは、この状況を打開できるアイテムなのだから。


「聖印の虎はすでに街を出たそうです」

「でしょうね。ここに残る意味はないわ」

「……足取りを追います」

「そうしてちょうだい。ただし、できるだけ穏便に済ませたいわ」

「では、発見次第ニトさんに連絡を」

「お願いね。あたしはギルドでもう少し関連情報を探ってみるわ」


 写本には求めるあらゆる知識と情報が収められているという。もしもそれが真実であるならば、禁術を知ることができるだけではなく、ガイウス・ベリンガムの悪行のことだって収められていると考えていいはず。

 今、この国の端でのうのうと生きている悪を倒すために必要な情報が手に入るかもしれない。


 カールは足早に去っていった。それを見届け、ギルドに向かう。


 街の中央、そこにギルドの会館が存在した。


 ギルドとは、かつて無秩序だったダンジョンに潜る者たち、冒険者を統括することを目的として組織され、あらゆるダンジョンを管理している。国家間を超えて連携することもできる巨大な組織となっている。

 ギルドの運営は単体で行っているとされているが、その実は貴族の管理下にあると言っていい。国家を超えて活動するため表向きは独立した組織としている。だが、結局は金の成る木なのだ。それを国が、貴族が放っておくわけがない。


 そして、この街のギルド長は腐りきっていた。他の街のギルドは知らないが、少なくともこの街のギルドはもう駄目だ。

 街を治めているベリンガム男爵家、その家長であるガイウスとギルド長は結託し、冒険者から情報やアイテムを何かと理由をつけて徴収し、時に暴力によって奪っている。そして、それらを使ってさらなる悪事を平然とやっているのだ。


「――あら?」


 ギルド会館に入ると、すぐに大広間となっていて、そこにはダンジョンに潜る冒険者への街人からの依頼を張り出した巨大なボードがあったり、それを受け付ける窓口があったり、それから食事や休憩をする椅子や丸テーブルなんかが置かれている。

 その休憩スペースの一角に、初めて見かける冒険者の姿があった。


 一人は黒いフードを目深にかぶり、その顔には仮面をつけていた。もう一人はローブを身に着けていないが同じデザインの仮面をつけている。二人、椅子に座っているが、どうみても子供のような体形。異様な雰囲気があった。


 聖印の虎の件もあったが、先に確認した方が良い、そんな気がしてその二人に近づいて声をかける。


「初めて見るわね。新人の冒険者かしら?」

「……先ほど登録したばかりだ」


 仮面の後ろから少女のような声がした。ただ、その声は自信にあふれ、説得力を感じる。不思議な雰囲気のある少女だ。

 もう一人を見てみるとこちらは少年のように見えた。仮面をつけているがローブは着ていない。変わった服装で、短剣を腰に下げている様子からレンジャータイプの冒険者に見えた。


「そうなの。あたしはニト。この街を中心に活動しているAランクの冒険者パーティ『暁の旅団』リーダーよ。よろしくね」

「それはご丁寧に。私はエマ。こちらはジャックという」

*****

ご覧いただきありがとうございました。

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