9 賢者の妙薬(仮)
* * *
これは一体どういうことだ?
私の目の前にはあるはずのボスエリアがなかった。
緑壇聖域は大陸南西のジャングル地帯の奥に、かなりの規模で存在する大型かつ最高難度のダンジョンの一つである。
モンスターの発生して行動する範囲が明確にあり、曖昧な境目には薔薇の生垣がある。ジャングルの中にあってそれは異様な光景として目印になる。
薔薇の生垣の向こう側には、世界中の植物が生えている。
花を咲かせるタイプの植物は常に満開。葉の色が変わるタイプの植物であれば、常に色鮮やかなシーズンの状態となる。そのため、無秩序かつ色鮮やかで、しかし、何故か整理された配置のために美しい。
別名は、異界庭園。
ダンジョンボスはその庭園の範囲にはいないが、無数の植物系モンスターが無限に湧き出すため容易に散策は出来ない。
庭園内にボスや宝物はないが、植生そのものがダンジョン産出品であり、枯れない花々は高額でやり取りされている。錬金術の素材もここで取れないものはないだろう。
庭園の一箇所、中央あたりに地下に潜る形で洞窟があり、迷宮のような構造の先に何体か強力なモンスター、ボスが配置されている。
アークデーモン、キングヌビアを超えるとそれぞれに報酬としての宝物があり、さらにその先に、「賢者の妙薬」が保管されている宝物エリアとそのボスが待っている。
………はずだったのだ。
だが、目の前には土壁の行き止まり。まるで引きちぎったかのように、道がなくなっていた。
「なぜだ?!………魔力の残滓。これは……まさか」
私の神通力。
………エルダー聖域で使った「支配者転換」の気配。
「賢者の秘宝館と呼ばれるダンジョンは互いに繋がっているのか?」
私の神通力の副作用。何かの力学が働いてダンジョンの一部が壊れたか、転移したようだ。
……………ちょっと待て。ということは。
「ま、さか。他の秘宝館も?」
だあーと冷や汗が。
本来は最高難度のダンジョン構造に、さらには強力なボスによってそれら宝物は厳重に守られていた。そう、それはもう強固に。しかし、今は?
まずいまずいまずい。なんてことだ。ちょっと待ってくれ。
「落ち着け。まずは賢者の妙薬の在処だ」
何か手掛かりは。無いのか。ない、のか?
――ところが、何の手がかりも得られぬままに数年が経つことになってしまったのだった。
そして、方々探して遂にその在処が知れたのだった。
「あれってリリー?随分と見た目が変わってるけど」
弟子のアリスが隣で唸っていた。
この数年色々とあって、かつての弟子の一人、アリス・エルフレアと合流していた。それから新しい弟子も二人できた。
まあ、今はそんなことはどうでもいいのだが。
「……ダンジョンボスに成り代わっていたようだな」
「ふうん?でも、消え掛かってませんか?」
「ボスエリアにいないからか」
「うーん。分かったことは、あの女の子のために動いているということぐらいですかね?」
スカーレットのために生きることにした、かつての弟子、リリー。
そのリリーは、今まさにスカーレットを抱きながら消えようとしていた。
賢者の妙薬とは、あれか。
抱き合う二人、そのスカーレットの右手がリリーの背中に回っていたのだが、そこに「賢者の妙薬」が握られているのが見えた。
あれは………くそ。「死人すら立ち上がる薬」だと?立つのはアレだけだ……リリーがこの場で飲まなくてよかった。
「あれが賢者の妙薬ですかー。それで、回収は」
「無理だな」
光の粒となりながら…リリーの肉体から僅かな残りの魔力が維持できずに空へと舞い上がっていた。
「あれはもはやスカーレットのものだ」
「スカーレット?あの女の子でしたっけ」
「ああ。そして……どんな物を用意しても、彼女がリリーの形見となった『あれ』を手放すことはないだろう」
「なるほど?それじゃあ諦めます?」
諦められるわけがない。万が一にもあの薬の真実に気付かれるわけにはいかない。私のイメージと名誉にかかわるわけであって……。
「…………そうか、リリーに再び守ってもらえばよいのか」
「え?それってどういう」
「よいか。まず、『あれ』の保管していたダンジョンの一部はこの森の奥に今もある。そして、私の理論が正しければ、『あれ』を宝物エリアに戻せば、リリーはその守護者たるボスとして復活する」
「んーーあ!そういえばサディアスの論文にそんなのがありましたね。それが何なんですか?」
「スカーレットはリリーの復活を望むだろう。そのためならば『あれ』を手放すことに躊躇はしない。彼女にこの事実を伝えることができれば、きっと返してくれるはずだ」
「あとは、リリー復活後のボスエリアに閉じ込められない方法も必要じゃないですか?」
「そのとおりだが、ちょうど良いアイテムがある」
「……ラストピック!」
「それだ」
泣き崩れるスカーレットと、彼女の肩を抱くようにして慰めるレックスの姿を背に、私はラストピックを求めて歩き出すことになった。そう、すべてはあの薬を封印するために。
ラストピックはその辺のダンジョンに産出するような代物ではない。
レア度は最高のレジェンダリーランク。伝説級のアイテムであり、現在世界に数本しかない。今現存するものはすべてどこかの国庫や貴族の持ち物だろう。それを奪ったりはできないし、買えるような代物でもない。
とすれば、ダンジョンから産出させて手に入れるしかないということだ。
私はラストピックが産出する可能性があるダンジョンに潜り続けることとなった。
だが、すべては己の名誉のためだ。
そうして、数か月を要してようやく手に入ったラストピック。
「で、なんでレックスにあげちゃうんですか?師匠の顔もリリーは見たいかもしれないのに」
「そうかもしれぬ。だが、今のリリーに必要なのは私ではないような気がするのだ。それに、せっかくだからな」
「?」
論文とラストピック、それをレックスに託す。
そうすればきっと、私の思惑通りに「あれ」は封印され……そして、私のかつての弟子は300年の呪縛から解き放たれて幸せな未来を得られるだろう。
*****
ご覧いただきありがとうございました。
第一章はこれで終わりです。お付き合いいただきありがとうございました。
編集前は視点移動が多かったのでそれを整理し、また、リリーにエマが会いに行くとは違うかなと思い直して修正しました。
また、スカーレットの生い立ちやバトルシーンを追加することとして、スカーレットの色を出せるようにしたかったです。
もしもよろしければお気に入り登録をお願いします。やる気になります。




