8 ラストピック
* * *
……あの日から三ヶ月。
街の人々は、この馬車があのログハウスに通う度に、次代の辺境伯が運命の人を口説き続けている、そんな噂をしているらしい。
「――宜しいですか?!今日こそはついにきた決戦の日なのです!」
「決戦って、その表現は――」
「敗れたままなどブライト家の家訓に反します!」
……はあ。
馬車の外の流れる景色を見ながら、高鳴る胸を抑えていた。
ログハウスにつくと二人馬車を降りて領兵達にその場で待機を命じた。
彼らの温かい視線がそろそろ辛くなってきた。男としてそろそろ決めねばならない。
ようやくと準備ができた。
「よし!」
ログハウスをノックすると扉が開いた。綺麗な紫と緑の瞳が見つめてくる。
「いらっしゃいませ」
「レティ。今日は御昼を食べる前に渡したい物があるんだ」
ログハウスに入ると、彼女のために準備しておいた物を取り出した。
「それは?」
小さく無骨な鍵。
これを手に入れるために、ギルドを通じてかなりの大金をはたいた。
「ダンジョン産出品で『ラストピック』というアイテムだ。効果は……ボスエリアの開閉を自由に行えるようになる」
普通は侵入者がボスエリアにいると誰も出入りできなくなるというダンジョンのルール。
ラストピックはそれを無効化し、ボスエリアを自由に行き来できてしまう。
「あの洞窟に。グリーンリリーに会いに行こう。君の夢のためにはまだ彼女が必要だろう」
「リリーに……」
リリー、かつての霊薬師で、緑壇聖域のラスボス。そして、スカーレットの先生であり継母のような存在。その彼女を失った苦しみは計り知れない。
さらに、最近は錬金術の勉強に息詰まっているようにも見えた。
「……ありがとう。でも、あそこに行くことができても、もう私の知るリリーはいないかもしれない。そんな姿のリリーは見たくないから――」
「実はもう一つあるんだ。この本を読んでほしい」
そう言うと、持ってきた本を渡した。
その本はダンジョン研究に関する論文で、そこにはある事実が書かれていた。そこを開いて指差した。
「ラスボスは死ぬ以前の記憶を継承し、それゆえに戦い慣れ、より強くなることが示唆されている……これって……」
「そう。あの場所には紛れもなく、君の先生が復活しているはずだよ」
スカーレットは次の瞬間には走り出していた。
それをすぐに追いかける。イザベラの驚いた顔が一瞬見えたが、おそらく後から来るだろう。
森を抜け、あの洞窟が見えてくる。
スカーレットから話を聞いてから、誤って人が立ち入らぬように門番を付けて閉鎖していた。管轄はギルドではなく辺境伯家であるブライト家が担っている。
その門番には事情を話しておいていた。こちらの姿を確認すると入口の門を開いてくれる。
洞窟には一度足を踏み入れていた。スカーレットから話を聞き、内部状況を確認に来たことがある。
あの時と同様に光苔がきらめき、その道を照らしていた。
……胸に手を当て、落ち着きを取り戻したスカーレットはゆっくり歩みを進めていた。
それを見守りつつ、後ろからついていった。そして、例の扉の前に二人で立つ。
「……レイ、ありがとう」
「入るぶんには鍵は必要ないはずだ」
「うん」
スカーレットはその扉に手をかけた。
中は、白い石造りの床と壁、そして、いくつも白い柱が立ち並び、スカーレットから聞いていた通りの荘厳で大きな空間が広がっていた。
「リリー!いるの?!」
……何の気配もない。
いない?そうか、ダンジョンが壊れたという話もあったが。
スカーレットは涙を流しながら方々を歩き回り、グリーンリリーを探している。
……いや、まてよ。
「レティ!ちょっと待ってくれないか!」
スカーレットの顔はくしゃくしゃに泣き腫らしていた。
その姿に胸が締め付けられる気持ちになったが、こらえて彼女の手を取る。
「先ほど渡した本には、賢者の秘宝のことも書かれていた。秘宝はこの世に一つしかない可能性があり、それが奪われた場合、それを守るボスは復活しないのではないかと」
「……それなら。もう。リリーは……」
「その仮説が正しいなら、その逆も真にならないか?君が持っている賢者の妙薬を元に戻せば」
スカーレットはその瞳を大きく見開くと、宝物エリアに走り込んだ。
彼女はあの日以来、賢者の妙薬を肌身離さず持ち歩いていた。リリーの遺品として。
案の定宝物エリアの入り口は閉じられておらず中に入ることができた。
そして、ベッドわきの丸テーブル、その上に置かれた宝石箱をスカーレットは開けた。そこにそっと胸元から賢者の妙薬を出して置く。
「…………音がする。ボスエリアの方から、何か聞こえる!」
ぞぞぞぞという、何かがはい出す音が聞こえてきた。
ボスエリアに戻ると、真ん中、真っ白な床の石畳、その隙間から緑の蔦が這い出していた。
蔦は絡まりながら上に伸びて、少しずつ形が変わっていく。
そして――
「リリー!」
「……スカー?うむむ、これはどうしたことじゃろうか……」
次の瞬間には、グリーンリリーに飛び込み抱きつくスカーレットの姿を見ていた。
「おう!どうしたんじゃ?ん?レックスも。ここは緑壇聖域の中のようじゃが、我は復活したということか……」
グリーンリリーの三眼が鋭く睨み付けてきた。
「お主、なんてことをしてくれたのじゃ。このボスエリアは――」
「大丈夫です。その鍵があるので出入り自由で動けますよ」
「鍵……うむ、なるほどラストピックか。よく手に入ったのう」
グリーンリリーはスカーレットの手にある鍵を見て感心していた。
それはそうだろう。このダンジョン産出品はレジェンダリーランク、世界でも数本しか確認されていない国宝級のアイテムなのだから。正直、こんなものが手に入るとは思わなかった。
……それからいったん洞窟の外に出て外の兵達に報告を終え、イザベラと共に戻ってきた。
その間、スカーレットとグリーンリリーは、ここ三か月の間の積もる話をしていたようだった。二人はグリーンリリーの用意した椅子に座り、紅茶を飲んでいた。
「これでやっと、レティの親御さんに話ができるよ」
スカーレットの前で跪いた。それから花束を彼女に差し出す。
「レティ、私と結婚を前提にお付き合いしてもらいたい。グリーンリリー殿にもそれを認めてもらいたい」
「そのために我を復活させたのか、お主は」
スカーレットは驚きつつ、顔を真っ赤にして、それからうつむき気味ではあったが頷いた。
「……はい。私なんかでよいのでしたら」
「君がいいんだ」
はぁ…とイザベラは右頬に手を当てて安堵のため息をつく。
それらの姿を見回すと、グリーンリリーは紅茶を口に運んで目をつむった。
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