7-3 賢者の妙薬
私がその広間に入ると、ポーションの匂いがさっそく漂ってきていて、数人の錬金術師が作業を始めていた。
慌しく走り回るのは多分お城の役人であったり、ギルドの関係者。
「おお、スカーレットか」
「神父様!」
かつて、私を養ってくれていた教会の神父様、私が死んだと聞かされていたみたいだけれど、少し前にその誤解を解いていた。
「いち早くスタンピードに気付いてくれたとか」
「はい。それで、支援ポーションを作りにきました」
「教会にもポーションや回復魔法を使える者がいる。君の方がより良いポーションを作れるだろうから、こちらは何人か君の補助として動こう」
「ありがとうございます」
ドオン!!
「なんだ?!」
「――西側の壁が崩れた!」
山側の壁?!レックス達が守っているところ?!
「一刻の猶予もなさそうだな」
「お姉様!急ぎましょう!」
「爆裂のポーションを作ります!」
「分かりました。では、材料の選別と供給は我らでやります!」
「空の容器をありったけ、それから材料もありったけ持ってきてください!いっぺんに作ります!」
教会の人が何人か頷いてくれた。
材料が揃うと、私はリリーに教わったやり方を応用した魔法陣を書き上げていた。
「……一度に錬成と複製をこなすつもりで!?」
「ええ!いきます!」
ガラスの容器がいくつも魔法陣の中に並び、外側にそれぞれの材料を並べた。魔力を陣に流して満たす。
材料が空中に浮かび、流れながら加工されていく。川を流れるように無駄のないように。リリーならもっと凄い。それに追いつきたい。いいえ、今は追い越すぐらいでないと、誰も救えない!
「素晴らしい……」
「……できました!早く前線に!」
「分かりました、おい!持って行ってくれ!」
「次は回復ポーションを量産します!」
新型魔法陣を描き、繰り返す。次々にポーションを作っていった。
リリー、レックス、無事でいて!お願い!
ドン!ドン!……
連続して何度も何度も爆発音が響いた。たぶん私の爆裂のポーションだ。
――何度か色々なポーションを作って、そして……
「もう流石に無理だ!魔力切れを起こしているだろう?!」
「まだやれます!く……」
視界が……。
「――Aランク冒険者が来てくれたらしいぞ!」
その時、突然その声が広間に響いた。外から走ってきたギルドの人が大声をあげた。
「街の外から駆けつけてきてくれたらしい!あっという間にモンスター達を葬ってくれた!スタンピードが終わったぞ!」
ギルドの冒険者?
私はふらつき、イザベラに肩を貸してもらいながら外に出た。
「……あ!お姉様!あそこ!」
「レイ!」
壁に大きな穴が空いていた。その外にレックスの姿があって、こちらを見つけて手を振ってくれていた。
「レティ、無事だったか。あの爆弾は君のポーションだろう?助かったよ」
「怪我はない?!」
「ああ。あそこにいる冒険者達のお陰だ」
そこを見る。
「子供?」
子供のような体格の四人が立っているのが見えた。黒い仮面に黒いローブを身につけた冒険者達。とても強そうには見えない。
「彼らの戦略級の魔法で片付けてくれたんだ」
「え?!あの子達がそんな魔法を?」
「ああ、リーダーは今世の賢者なのだとか。噂は聞いたことがあったが、まさかあんな姿とは知らなかったよ」
賢者………リリー!リリーは?!
私は気付くと山に走り出していた。
後ろからレックスがついてきていた。
「まだモンスターが残っているかもしれない!小屋に戻るのは危険だ!」
「でも、戻って確かめたいの!」
「……ならば俺もいく!」
走って小屋に向かっていると、後ろから声がした。
領兵達、それから馬に乗るイザベラ。
「今はまだ危ないですわ!」
「兵達を連れてきてくれたのか!?」
「考えなしのお二人に代わって!」
小屋が見えてきた。
その姿は無惨に壊され、見る影もなくなっていた。
「お姉さ……あの……え?!」
「あんなところにログハウス?」
え?
「見えているの?」
「ログハウスがか?ああ」
……リリーの認識阻害がなくなっている?!
「………え?!」
その時、隣を並走していたレックスが腰にさげた剣の柄に手をかけ、急に私を空いた手で静止してきた。
前を見た。
「モンスター!」
後ろの騎士達の一人がそう口にしたとき、その視線の先にリリーが立っていた。ログハウスの正面に、ボロボロのリリーが立っていた。
グリーンリリーの三つの瞳、そしてその姿形は一見して人ではないと分かる。
「もう少し」
リリーが口を開くと、私以外の全員が腰を落として臨戦態勢になった。緊張感が場を支配していた。
「もう少し持つかと思っておったのだが。皆、少し我の話を聞いてはくれまいか?戦う意思はない」
「人の言葉を喋るモンスター……?!」
たまらず私がリリーと皆の間に割って入った。
「待って!お願い!」
「お姉様?」
「レティ、なぜ……」
「……(なんて説明すれば)」
「スカー。時間切れのようじゃ」
「え?」
レックス達から視線を外し、振り返った。
そこにいたリリーは、とても静かで。そして、今までの存在感はまるで無くなっていた。
消え掛かっている。
その言葉がどこからか感じられた。
「人をやめたのは永遠に生きるため。ダンジョンボスはダンジョンから無限のエネルギーを与えられるから。そう教えていたじゃろう」
「……突然、なんのこと?」
「ここはボスエリアではないから、そのエネルギーの供給は絶たれて。遅かれ早かれ、こうなっておった。最後にスカーを守れるだけの力を残せていたのは、幸いじゃった」
「何を言っているの?」
そっと後ろのログハウスに手をおき、リリーは上を見上げた。ログハウスもボロボロになっていた。
「師匠が我の壊された村を復興するときに、錬金術でその辺にあった木々から家を一瞬で建てて見せてくれたことがあった。こんなに素敵な魔法があるのかと感動したのじゃ」
「……そんな昔話、今聞きたくない」
「スカーにもこの感動を知ってほしいと思ったのじゃ。それからお主に貸した錬金術の器具は我が昔使っていたものを――」
リリーを睨み、私は気付くとログハウスの中に飛び込むように入っていた。あれを取りに。
リリーと、今、別れるなんて。嫌だ。
ログハウスは壊されていたけれど、それはちゃんとそこにあった。
賢者の妙薬。死人すら蘇る。大賢者の秘宝。
外に出て、それをリリーの胸元につきつけた。
「リリー、これを飲んで!」
リリーは困ったような、泣きそうな、嬉しそうな、その顔を向けてきた。
それから静かに首を横にふった。
「どうして?!エリクサーなら――」
「賢者の妙薬とはエリクサーのことではない。エリクサーとは別物じゃ。一度も、我はそれをエリクサーとは言っておらぬ」
「それじゃあこの薬はなんなの?!」
「大賢者ゴールドのコレクションの一つ。賢者の妙薬というアイテム。そうとしか知らぬ」
「そんな、そんな得たいの知れないものを、300年以上も守って……なのに!こんな私なんかのためにあなたは……そこまでして頑張ってきて、ここで消えて、そんなのってないよ!何がしたい――!」
私はリリーに抱き締められていた。
「……ダンジョンでずっと師匠の形見を守り続け。それはそれで誇りをもってやっておった。じゃが最近になって……それよりもしてみたいことが出来た」
いつのまにか、涙でいっぱいになっていた。
「我を知り、我が意志を次ぐ子を得たかった」
そっと胸元を覗き込むように、リリーが見つめてきた。
「……リリー。やだよ。まだいっしょに」
「おそらくじゃが我はあと数分ももたぬ」
「消えてしまうの?」
「このまま消え去るか、あるいは、再びボスエリアに復活するか」
「会いに――」
「それはダメじゃ」
「どうして?!」
「復活するのはラスボス、グリーンリリーじゃ。お主を覚えておらぬ可能性がある。それに、仮に覚えておっても今度こそあの場所に閉じ込められ、永遠に二人出られないかもしれぬ」
「それでもいいよ!リリーと一緒にいられるなら!」
「……本当に?本当にそれで良いのか?」
リリーは今にも泣きそうだった。ぎゅっと胸の奥を掴まれた気がした。
「我の教えたことで、お主は誰も幸せにしてくれぬのか?お主はそんな酷いことを我にするのか?」
「リリー」
「スカー。お主は我の錬金術の徒として皆を幸せにしてほしい。そしていつか、誰かを導けるほどに大きくなるのじゃ」
……深く呼吸をした。
どきどきと脈打ち、どうしようもなかった暴れる心が少しずつ落ち着いていく。
「そう、それでよい。最期にお主の笑顔をもっと見せるのじゃ」
「…………ありがとうございました。私だけの先生……私の、お母さん……ありがとう。ありがとう……」
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