7ー2 賢者の妙薬
小屋に戻ると少しして馬車の音、それから従者たちの足音も聞こえてきた。
小屋はずいぶんときれいになったし、よりきれいなログハウスで本当は暮らしている。錬金術はとても便利で、水もお湯も、食事も洗濯も…多分、私は街の人より恵まれて生活できている。
けれどそんなことを知らない二人からは、たびたび街への引っ越しを勧められていた。
それを断っていたら、彼らは頻繁にここに来ては色々良くしてくれていた。
…リリーもいるからここから離れたくない。
「こんにちは」
「いらっしゃい!」
次期領主様だけれど、レックスと再会?してから数ヶ月が経って、今のような気安い関係になれていた。リリーのように、彼らも敬称を嫌がった。
お弁当を食べ終え、今は私がいれた薬草茶を飲みながら談笑していた。
「――お姉様の作られるポーションはどれも素晴らしいですわ」
「ありがとう」
「どうやってこれほどの錬金術を習得されたのですか?」
「素晴らしい先生に出会えて」
「先生?その方はどこにいるんだい?」
あ、えーと。
「ちょっと…遠いところに住んでいて」
「そうなのですね、ぜひお会いしたかったのですが仕方ありませんわね」
「………」
「レティならエリクサーも作れるようになるかもしれないな」
エリクサー。
そういえば、リリーに作り方を教わろうとしたことがあった。でも、確か。
「エリクサーは大賢者様にしか作れないのよ」
「そうなのですか?」
「うん」
「……ああ!賢者の妙薬か!」
「そうですわ、確か緑壇聖域の最奥に封じられているとか」
今は私の手元にあるけど。
「飲めば死人すら立ち上がるという逸話が残されているポーションだったな」
「スカー!」
リリー?
その時、急にリリーの声が聞こえた。窓の外を見れば、そこに立っていた。
「大変じゃ!すぐに皆を連れて街へ逃げるのじゃ!」
「お姉様?どうされましたか?」
二人にはリリーの声は聞こえないし、見えていない。
「ちょっと待って!」
二人にそう言ってそれから耳を澄ませると、今まで聞いたことのない音が小屋の外、山林の奥から聞こえてきていた。
少しずつ大きくなっている。
「……何の音だ?」
グワグワグワ――
何かの鳴き声?
「光苔がガチューシャの暴走を招いたのじゃ!スタンピードじゃ!」
「そんな!」
「どうした?!」
「ガチューシャの群れが来る!」
「ガチューシャというと…近くのダンジョンに住むモンスターか!」
この街が発展できたのは、戦後に新しいダンジョンが近くに生まれたこと、そのダンジョンからの産出品を目当てに冒険者が集まったことが大きかった。
ダンジョンはこの山林の隣に発生した平原一帯で「ニワトリの庭」と呼ばれていた。「ニワトリ」とは発生するモンスターのガチューシャのこと。ダンジョンの中でもフィールドに生じたタイプのもの。
そして、ガチューシャ。これは人の三倍ほどの大きさのニワトリのような見た目で、ニワトリのように飛ぶことはないけれど、ニワトリとは違って口から火を噴き、その脚は人を軽く引き裂ける。
「その鳴き声ですか?」
緑壇聖域にあるはずの光苔……あの洞窟。
リリーのいたボスエリアに続くまでの洞窟にあった光苔は、普通は手に入らないレア度の高い錬成用アイテムの一つ。そして、モンスターをひきつけ、増やし、食べたモンスターの精神に作用する。
「スタンピードか?!」
「うん!こっちにガチューシャの群れが来てる!たぶん光苔を大量に食べて増えて、それから混乱しているんだと思う」
「なんで光苔が」
「とにかくここは危険よ!逃げましょう!」
リリーは――
「我のことは気にする必要はない!はよう逃げよ!」
窓の外にいたリリーに頷き、私たちは走り出した。外の従者の皆さんに声をかけて、それから馬車に飛び乗った。
…リリーはボスだもの、大丈夫よね!
馬車、そして従者の皆さんは山道をくだり、街に向けて走っていた。
「街に戻ったらすぐに領兵に!ギルドにも支援要請を出せ!」
馬車から外の従者にレックスは命じた。それを聞いた従者の一人が馬に乗って先行していったのが見えた。
「……レイ!私はすぐに支援ポーションの作成をしたい!」
「わかった!場所を用意する!聞こえたか!?」
「は!」
もう一人の従者が別の馬に乗って街に向かってくれた。準備を進めてくれるはず。私は私のできることをする。錬金術はこういう時のためにある。
…街に着くと、すぐに馬車を下りた。
街の人々は混乱しながら奥の方に避難を始めていた。領兵たちが大声を上げ、人々を誘導している。
街の外周には戦時中に建てられた防護用の塀が張られていて、多少の足止めにはなると思う。ただ、相手はモンスターだから、おそらくは突破されてしまう。
だから、街の外に兵を展開しようと、レックスは指示を出し始めていた。
「ギルドの冒険者に緊急指令を出しました!」
「よし!兵と共に迎え撃つための指示を!連携をとれるように班を分け、冒険者を混ぜて配置しろ!私も出る!」
「レイ!これをもっていって!」
私は小屋に常備しておいていた回復ポーションをいくつかレックスに渡した。
「ありがとう!」
「お姉様!こちらに錬金術の器具をそろえたそうですわ!他の錬金術師の方も集まっております!」
「分かった。すぐに向かうわ!」
補給。それを作って、とにかく前線を維持すること。それが今私にできることだ。
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