7-1 賢者の妙薬
「………あの――」
「お姉様!不出来な兄が申し訳ありません!」
「そうねえ。ちょっといけないわね」
領主様にいたっては咳払いしたあとにそっぽを向いたままだった。
レックス様は気まずそうに、それから「すまない」と一言だけ。何とも言えない空気の中、さっきからリリーが我慢しきれずに笑い続けていた。
リリー、笑いすぎじゃない?
みんなが気付かないからと言って遠慮がない。
パチン!と、ルーナ様が手をたたいた。
「私たちがスカーレットさんをお呼びしたのは、この子がどうしても貴方との思い出を忘れることができなかったからなの」
「お兄様は何度もお見合いをしているのに、まったくうまくいかなかったのですわ。それで、よくよく話を聞いていると、子供のころの初恋に囚われていることがわかりまして」
初恋?!
「祭りの日に貴方が生きていることを知って、最初は秘密裏に貴方を探していたのだけれど、中々見つからず。それで広く情報を募ることにしたのよ」
「とはいえ、そう簡単でもなかったのだがな」
領主様はそう言いながら紅茶を口に運んだ。
なんとなくわかる。ただ気になるというだけで、街の娘一人を探させるために領を動かすなんて、多分そんな簡単なことじゃないはず。
「いろんな方面に……こほん……いろいろと手をまわして」
あ……。
「それでも貴方を見つけられずにいたの」
「それでお兄様の見間違えを疑いましたの。亡くなった昔の想い人をお祭りで見かけたというのは妄想ではないかと。仮面をかぶっていて顔もわからず、オッドアイの瞳だけでしたから」
「ですが、ずっと街を離れていた行商人の方が帰ってこられて、その方が祭りで見かけたスカーレットさんのことを覚えていたのよ。その方は仮面をつけていないときに貴方を見かけていたらしくて」
「行商人の方?」
「祭りの日に、焼き菓子の露店を開いていた方で、私たちがオッドアイの女性を探していることを知って、それで似顔絵を作ることに協力してくださって」
思い出した。あの祭りの日は、リリーがそばにいて、私を認識しにくくしてくれていた。だから、私のことを覚えている人も少なかったんだと思う。
「……そして、いろいろと手段を講じて君を探していたんだが、そのせいで君に迷惑をかけてしまったらしい」
「え?」
急に場の雰囲気が変わり、領主様たちの顔が険しくなった。
「君を死んだと偽っていた義父とその家族たちだが、先ほど君のふりをさせた別の女性を連れてきたんだ」
「オッドアイではあったのですが、先ほどの似顔絵とは似ても似つかず。すぐに偽物と気付きましたの」
「よくよく取り調べをしたところ、君の身代わりのその娘を息子の妻に、そこから私たちに近づこうとしていたらしい。さらに……」
領主様の顔は少し怖い、今までような軽い様相ではなく、歴戦の猛者の顔になっていた。
「邪魔になった君を亡き者にしようとしていたことも供述した」
………それで、チャルレスが。
「おそらく今頃には皆捕らえられていると思う。広く、オッドアイの女性を息子の想い人だと知らしめた結果、君を危険な目にあわせてしまったのはこちらの浅慮が原因だ。申し訳ない」
「そんな!領主様に謝っていただくことではありません!」
「いろいろとありましたが、いきなり息子の嫁に、と来ていただいたわけではないのです。まずは確認したかった。それにスカーレットさんの家族の件もありましたからね」
――その日はそのあと、少しお話をして、それから私は家路につくことになった。
「レティは山小屋に戻るつもりなのか?もっといい家に――」
「お兄様!いきなり住居を移るなんて難しいのです」
「そうね。スカーレットさん、貴方にはいずれ彼らからの賠償金である程度の資産を得られるでしょう。後日、事務官からいろいろと連絡があるでしょうから。それから生活環境については少しずつ整え直すのがよいでしょう」
ジョシュアやチャルレスはそれぞれの罪で投獄されること、そして、殺人未遂や虐待などを理由に私には彼らから多くの賠償金を受け取ることになるのだと聞いた。
帰ろうと、そうしたときにレックス様に呼び止められる。
「レティ。また、会いに行ってもいいだろうか」
「………はい」
ちょっと恥ずかしい。
まさか、こんなことになるなんて――
――その日も、レックスとイザベラの乗った馬車が山道に入るのがリリーが作った遠視台というアイテムで見えた。
彼らは、毎週決まった日にお弁当を持って小屋にやってくるようになった。
「リリー、ごめんなさい」
「ん?構わん。残りの錬成は我がやっておくから、スカーは早く小屋に戻っておくと良いぞ」
「ありがとう!」
さっと身支度を整えて、私はログハウスから飛び出すと、少し綺麗に直した薬草採取小屋に走って戻る。レックス達が到着する前に戻らないといけないから。
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