6-3 ガラスの靴
「ふふ、ああ、お名前をお聞かせくださらないかしら」
「あ!失礼しました。スカーレットといいます」
「スカーレット、そうですか」
「それでレティ様なのですね!」
ポンと何か納得したかのように、イザベラ様が手をたたいた。
レティ?
それは、私の教会で暮らしていた頃の愛称だった。教会のみんな、兄弟姉妹たちは私のことをそう呼んでいたので、一時はその名前で名乗っていた。
「どうして昔の私の愛称をご存じなのですか?」
「それは……お兄様!いい加減しゃっきりしてくださいませ!運命の御姉様がこうして現れてくださったのですよ?!」
「……ああ」
………………しばらくみんな口を閉ざして、レックス様の次の言葉を待っていた。
それから、ようやくとレックス様が口を開く。
「君には、二度助けられたことがあるんだ」
「二度?」
「二度目はこの前の祭りの時、その前は、ずっと前のことだ。子供のころ、冒険者達から君は私を助けてくれた」
「冒険者から、ですか?」
「その後も数か月ほどだったが、君と何度も遊んだこともあった。教会に君がいたころのこと、覚えていないだろうか……?」
紅茶に視線を落とした。教会にいたころのこと。神父様、兄弟姉妹たち、それから………。
「……レイ?」
そう名乗った男の子がいた。その子はレイと名乗った。仲良くなった男の子。
レイはレックス様。
私たちはお互いに愛称だけ伝えていた――
――戦争が終結してこの街に新しい領主様が来た。
私はその頃、教会に引き取られて暮らしていた。
この頃には右肩後ろの背中の傷も痛みが無くなっていた。跡は残っていたし、心の傷は癒えきってはいなかったけれど、少しずつ失ったものを受け入れられるようになってきていた頃。
領主様が新しくなったのと、もう一つ大きな街の出来事は近くに新しいダンジョンが見つかったことだった。
そのために多くの冒険者もこの街に滞在するようになり、急に街が発展し始めていた。
冒険者達は荒くれ者が多いけれど女神信仰も熱い。かつての賢者様が女神の使徒で、冒険者でもあったためだとか。
そんなわけで女神が設立したとされている教会に、冒険者達は意外とよくしてくれていて、その夜は冒険者ギルドからの贈り物を受け取りに出掛けていた。
ギルドの正面には酒場があって、そこには多くの冒険者たちがたむろしていた。それを片目にギルドに入った。
「――いらっしゃい、あら、レティちゃん。寄付を受け取りに来てくれたの?」
「うん。皆んなの夕食の食べ物が切れちゃったから」
「そっか。ちょっと待ってて、すぐ用意しちゃうからね」
受付嬢はそう言って後ろに下がるとすぐに麻袋を持ってきてくれた。
「ありがとう」
「いいえ。女神様のご加護がありますように」
運がものをいう冒険者にとって女神信仰は大切なのかも。
ギルドから外に出た。すると、酒場が騒がしくなっていた。
「なんだあ、お坊ちゃん迷ったのか」
「へへ。なんだよ、怖いのか?全くこれだから世間知らずは、こんなところに一人で来てなにしたいんだ?」
「な、なんだお前達!」
「おー、怖いねえ!」
男の子、とても身なりの良いその子は、どうやら冒険者の琴線に触れるようなことをしたらしい。
イラついた冒険者達に囲まれてしまっていた。
嘲笑をあげてさらに冒険者達が彼に近づいていく。
私は咄嗟に彼の側に走り寄っていた。
「ごめんなさい!」
「あ?」
「うちの子がご迷惑をかけてごめんなさい。教会に来たばかりで迷ったんです」
「あー?……たく、ちゃんとしつけとけよ」
冒険者は粗暴だけど、女神様の子供達である教会の関係者に手は出さない。
彼らはまた酒場に戻って行った。それを見届けて、男の子の手を取ってその場を離れた。
少し歩いて、それから彼に注意する。
「だめだよ。冒険者に喧嘩をうったら」
「き、君は……」
「私?そこの教会に住んでるのよ。あなた、随分目立つ格好ね」
「そうかな」
「お貴族様みたい。そうなの?」
「いやその……私はレイ。君の名前は?」
「私?レティ」
「レティ。ありがとう、助かったよ」
――ずっと昔、レイという男の子とそうして出会ったのを思い出した。
あのあと、私たちは何度も一緒に遊んだ。
あまり街のことが分かっていなかったレイに、私は教会の皆んなと一緒になって街のことを教えたり、逆に文字を彼から教わったりして。
楽しかった。でも、いつの頃からか急に彼は現れなくなった。
きっと遠くに越してしまったのだと、あの頃は思っていたけれど。そっか、領主様の息子だから、きっと勝手に出掛けられなくなったのね。
「君は、この前まで死んでしまっていたのだと思っていた」
え?
「私が?」
「教会に再び行くことができた時には君は養子に出た後で、その養子先からは、君が亡くなったと聞いていたから」
ジョシュアが私を死んだことにしていたんだ。
「でも。君の、その瞳を覚えていたんだ。綺麗なニ色の瞳の色。それで三年前のお祭りの日、その瞳にまた出会えた」
「私の瞳を」
「そう。それで君が生きていると知った。だからずっと探していた。この三年間ずっと。その瞳の持ち主を探していたんだ」
すると、レックス様はおもむろに立ち上がって、それから私の傍まで来て膝跨いた。それから私の両手をとって。そして。
「私の妻になってもらえないだろうか?レティ」
「え?!」
その場にいた全員の声がした。
「お兄様?!飛ばし過ぎ!」
「え?」
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