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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【第一部】マグノリアの花の咲く頃に 第一部(第一章ー第三章)& 幕間

献上品の毒味は必須でしょうが、味見は予想していませんでした

作者: 海堂 岬

 バレンタインということで書いてみました。

 アレキサンダーは、様々な品を献上されてきたが、これほどまでに珍妙な品は初めてだった。

「これを食べるのか」

「はい。南の地で採れるものです。産地では滋養の効果があるとされていると聞いております」

商人であるカールにとっても、本当に珍しい品だ。


「そうであれば、父上に献上したいが、この見た目では、躊躇われるな。砂利か、せいぜい木の実の殻にしかみえないが」

アレキサンダーの言葉に、カールが苦笑しながら頷いた。


 皿の上には、焦げ茶色の小さな粒が小山を作っていった。


「乾煎りした豆を砕いたものだと聞いています。苦味があります」

「味を見たのか」

アレキサンダーの言葉に、カールが頷いた。

「一応は」

「効果は」

「わかりません」

カールは正直に答えた。

「お若いですからね」

エリックの言葉に、他の近習達も頷いた。


 ロバートが、手を伸ばし、数粒をつまんで口に入れた。アレキサンダーが口にする前に、毒味をするのが、ロバートの役目だ。

「確かに、苦いですね。苦味だけではないですが」

ロバートの言葉に、アレキサンダーも手を伸ばした。

「変わった味だな」


 ノックの音が響いた。

「誰だ」

問いかけながらも、ロバートは、扉の方へと歩いていった。

「ローズです」

 ローズの声と同時に、ロバートが扉を開けてやる。


「カールさんが、いらしてると聞いてまいりました」

「ローズ様、お久しぶりです」

「お久しぶりです。カールさん」

カールの挨拶に、ロバートと手をつないだローズがお辞儀をした。


 カールも見慣れた光景だ。


「今日は、少し珍しいものをお持ちしたのですよ。滋養の効果がある木の実です」

「じよう」

ローズが首を傾げた。


「あなたには、まだ早いですね」

ロバートが、ローズの頭をそっと撫で、長い髪に指を絡ませ、弄んだ。ローズが微笑み、ロバートに身を寄せた。


 二人の距離の近さに、戸惑ったのはカールだけのようだった。カール以外は、全員見慣れた光景らしい。


「少し味見をしますか」

アレキサンダーが頷いたのを確認すると、ロバートは、ローズの手に少し木の実の欠片を乗せてやった。


 カールが止める間もなかった。


「苦いわ。でも、味がするわ。酸っぱいのかしら。なにかちょっと美味しいかも」

首を傾げながらのローズの感想にロバートが微笑んだ。


「もうすぐ、お勉強の時間ですね」

「はい。名残惜しいですけれど、失礼します」

「送りましょう」

当たり前のようにロバートが、ローズの手をつないで、出ていった。


「どうした」

 これから見慣れる光景なのだろうが、カールにはそんな余裕はなかった。カールの様子が気になったのだろう。アレキサンダーに声をかけられた。 

「いや、いえ、あの、あの」

カールは、こんなことになるとは、思っていなかったのだ。貴重な品を、子供のローズに食べさせるなど、予想していなかった。


「言え」

商人は、王太子の命令には逆らえない。


「その、なんともうしあげますか、加加阿(カカオ)には、催淫とか、その、そういう作用が、あるとか、ないとか」

申し訳無さそうなカールの口からこぼれた言葉に、近習達が顔を見合わせた。


「つまりは、あれか、夜のお楽しみの時間にってか」

エドガーの言葉に、カールが頷いた。

「子供が食べてもよいのか」

「わかりません」

「ロバートが、食べたな」

「食べましたね」

カールは、それは別によいと思う。多分。あくまで多分だが。


「私が様子を見てきます」

エドガーが、誰の返事も待たずに、部屋から飛び出していった。

「あいつめ」

カールは、アレキサンダーが舌打ちするかと思った。


「カール、お前、知っていて持ち込んだな」

アレキサンダーの言うとおりだ。知っていた。でも、カールにも、予想外の出来事だったのだ。

「あの、でも、ロバート様の毒味はともかく、ローズ様まで召し上がるとは」

「ローズは好奇心が強いし、ロバートはローズに甘い」

アレキサンダーの言葉に、全員が頷く。アレキサンダーも目線で許可したから、ローズに甘いのはロバートだけではないと思ったが、カールは黙っていることを選んだ。


 アレキサンダーの言う通り、怪しげな効能をカールも気にしなかったわけではない。カールも、少し確かめたのだ。商品をよく知ることも必要だ。好奇心に負けて味見したが、カールは、残念なことに、何もなかった。


「ロバートさん、大丈夫ですかね」

「妹だと言い張っているのですから、何もしないでしょう」

ティモシーの言葉に、エリックが冷静に言葉を返した。

「いえ、そういう意味では無くて」

ティモシーが、言い淀んだ。


「ロバートは相変わらず、ローズに何もしないだろう。何もしないでいるために、いつもよりも苦労するかもしれないが。ローズを妹と、言っているのはロバートだ」

アレキサンダーが肩を竦めた。


「妹」

気になった言葉を、カールは思わず繰り返してしまった。まだ、その言葉を王太子宮で聞くとは思っていなかった。


「そうだ。妹だ。あいも変わらず妹だと言い張っている。往生際の悪いやつだ」

アレキサンダーの口調は乱暴だが、何処か優しい。


「いつ自覚するのかと思って、見守っておりますが。見守っている間に、何やら、可愛らしいというか、少々面白い事態になっておりますね」

エリックはそう言うが、笑顔一つなく、可愛らしいとか、面白いと言われても、カールも対応に困ってしまう。


「ローズちゃん、何も知らないですから、思いっきり甘えていますよね」

ティモシーの言う通り、ローズはロバートと、当たり前のように手をつないでいた。


「あぁ、あれは拷問だと思います」

フレデリックが、思わせぶりな作り笑いを浮かべた。

「見方によっては、(うぶ)な男を翻弄する悪女ですよ」

品のない笑い方をするフレデリックにエリックが眉根を寄せた。


「お前は、何をいうかと思えば」

アレキサンダーの溜息は深い。

「ローズちゃん、可愛いのに、そういう事を言うのは止めてください」

ティモシーが抗議する。


「お、ティモシー、お前、惚れてるのか」

フレデリックの言葉に、ティモシーが、大袈裟に肩を竦めてみせた。

「ありえませんよ。小姓は皆、知っていますから。年少班のレイモンドも、『ローズちゃんはロバートさんの大事だから、優しくしないと駄目』と、他の子を叱るくらいにはわかっています」


 ティモシーの言葉に、アレキサンダーは深く、これ以上はないほど深く、溜息を吐いた。

「誰か、ロバートになにか言ってやってくれ」

誰も、何も返事をしない。


 アレキサンダーの目が卓上の加加阿(カカオ)の小山をとらえた。

「これを、盛ったら、ロバートも少しは素直になるか」

「止めてください」

カールは悲鳴を上げた。

「僕の首が、どうにかなってしまいます」


 エリックが、わざわざカールに向かって一礼した。

「あの唐変木を、人並みするための、尊い犠牲です。ありがとうございます」

「そんなぁ」

床にへたり込んだカールを見て、エリックの頬が少し緩んだ。

「冗談です」


 エリックは、ロバートの片腕だ。優秀だが、冷たい無表情が、ロバートに似ているといわれる男だ。

「あなたが、冗談を言うなんて」

「失敬な」

エリックの顔に、わずかに浮かんでいた笑みが一瞬で消えた。

「失敬だが、カールの言いたいこともよく分かる」

アレキサンダーの言葉に、執務室は笑いに包まれた。


「エドガーです」

ノックと同時に、扉が開き、エドガーがはいってきた。

「いつもどおりです。残念なくらい、いつもどおりでした」


 エドガーの入室手順は、少々間違っていたが、誰もそれを指摘するものはいなかった。

「そうか」

「そうでしょうね」

「このままだと、可愛いローズちゃんが、フレデリックさんのせいで、悪女にされてしまいます」

「可愛い悪女って、いい響きだな。悪くないだろ」


 各自の勝手な発言にエドガーが首を傾げた。

「説明をしてもらおうか」

エドガーの目が、カールをとらえた。


 エドガーはにこやかに微笑み、両手でカールの両肩を掴んできた。真正面で捕まっては、カールには逃げ場はない。武芸の心得のあるエドガーに、カールが勝てるわけがない。


 カールは、軽はずみな気持ちで、献上品を選んだことを、後悔しながら、王都の定宿に帰った。


 カールが献上した加加阿(カカオ)の行方は、アレキサンダーとグレースが知っている。



小山になっているのは、カカオニブです。


催淫佐用に関しては、お話の都合上ですので、信用しないでください。

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