第92話 幽世の民との戦い
真珠丸はもう一人の幽世の民の男と相対していた。茶々丸の迦具矢により、水中に眠る先祖の死体を傷付けられ、それに激怒した男は闇の魔法、黒冥を剣に宿し、真珠丸に切りかかった。
真珠丸は空へ上って、剣の届かない位置に移動し、霧の魔法を発動した。不動の霧に包まれた男は身動きが出来なくなったことに驚きつつも、剣に宿らせた闇を増大させていき、じわじわと霧を侵食させていった。それを感じとった真珠丸は男が身動き出来ない内に霧ごと男を持ち上げ、何度も男を地面に叩きつけた。
男は打撲を負いながらも、闇の魔法を拡大させ、自身も包み込む程の大きな黒冥を展開した。それにより魔法の霧は闇に呑まれ、さらに、闇の腕が一本長く伸び、真珠丸の胴体を掴んだ。それは真珠丸にとって初めての感覚だった。物理的に触れられた感触はなく、一瞬にして全身の筋肉が脱力し、自身の身体の表面に纏わせている末那が霧と共に消失した。
空中から落下した真珠丸は、闇の腕に掴まれたまま、しなやかに地面に着地した。その瞬間、黒冥の中にいた幽世の民の男が飛び出し、剣を構えて真珠丸に突進した。真珠丸はじっと男を観察し、剣が振り下ろされた時に素早く動き、男の股の間をくぐり抜け、跳躍し、男の背中を強靭な爪で切り裂いた。男が短い叫び声を上げると、黒冥が消えた。
真珠丸は瞬時に霧の魔法を発動し、男を彼の首元を除いて不動の霧で包み、男の身体を横倒しにした。真珠丸は男の首に前足をそっと添えた。首を裂かれると思った男は霧の中から叫んだ。
「よせ、止めろ。止めてくれ。」
「きゃう。」
真珠丸は幽世の民の男の末那を探り、闇の魔法の残り香を深く知覚した。
タタラを睨んでいた幽世の民の女性は、幽世の民の男が真珠丸に背中を裂かれて声を上げた拍子に合わせ、剣を突き出し、タタラに向かって跳んだ。
それに対し、タタラは、秘術 飛縁魔による鬼火を放って迎え撃った。幽世の民の女性は剣先に亀甲型の魔力の力場を出現させて鬼火を防ぎ、なおもタタラに向かって突進した。
タタラは奥義 受肉改変により、片腕をアッコロカムイの腕に改変し、幽世の民の女性を薙ぎ払った。彼女は大きな蛸の腕で叩きつけられたことに驚愕し、足場の悪い湿地でなんとか体制を立て直し、タタラを見た。
タタラは巨大な鬼火を造り出しており、それを警戒した彼女は亀甲型の力場を空中に出現させ、それを足場にして元いた場所へと後退した。彼女が着地する寸前の隙をつき、タタラは巨大な鬼火を彼女に向けて放った。
幽世の民の女性は再び亀甲型の力場を出して防御した。そこへ、タタラが奥義 受肉改変により掌から蜘蛛の糸を飛ばし、彼女の全身を粘着性の糸で覆った。幽世の民の女性は身体の表面から亀甲型の力場を出現させてじわじわと広げることで身体に付着した蜘蛛の糸を外した。
「おおっ。なんて便利な技。」
タタラは背中に飛竜の羽の骨格を生やして、ふわりと浮いて彼女の前に降臨した。幽世の民の女性は魔力で構築した巨大な亀甲型の盾をタタラにぶつけようとした。しかし、タタラは秘術 船幽霊による第2の霧でその衝撃を防いだ。タタラは霧を解き、真面目な顔付きで言った。
「もう止めましょう。戦いは僕の本意ではありません。」
「あの猫とオコジョは何者なのですか?」
「可愛くて、強いでしょう?猫は茶々丸、オコジョは真珠丸と言います。」
「外の世界を知らないのは、やはりいけませんね。私達、幽世の民は終焉を迎えようとしています。何をやっても意見はまとまらないし、上手くいかない。閉ざされ、陰鬱な都市の中での生活に、抵抗する気力も萎えてしまった。覇気があるのは狐と余所者だけ。」
「狐さん?何やらお困りのようですね。マドリーナ王国としてお手伝い出来ることなら、協力させていただきますよ。」
彼女は剣を鞘に収め、声を張り上げて二人の男に停戦の意思を伝えた。そして、タタラ達を森の入り口にある監視小屋へと案内した。




