第90話 肉か戦か
よく見ると、死体は至る所に無数にあった。青白く、生命の輝きは感じられない表情ではあるものの、姿形は損なわれることなく保持されていた。
タタラは初めに見つけた死体のそばに飛竜の骨格を近付け、そっと水の中に手を入れ、死体に触れた。無音で暗闇の空っぽな空間が印象として伝わってきた。それは、魂の不在を意味していた。
「どうやら、この辺りの湿原の水には微生物がいないみたいだ。だから、死体が腐敗しないんだね。このヒト達の遺体が末那を引き留めているから、湿原の末那の濃度が異常に濃いんだ。このために、骨塔による末那の送受信が阻まれて、シヴァ達と連絡を取れなくなったようだね。ある種の結界だよ。」
タタラは再び飛竜の骨格を前進させた。やがて、湿原の中に広がる針葉樹林が見えてきた。
「想像したより、ずっと広い森林だ。」
タタラ達が森の手前まで接近すると、周囲の湿地の水の中は、白髪で暗青色の身体のヒトの死体で一杯であることが分かった。辺りの末那の濃度はこれまで以上に濃く、まるで水深の深い海の中を移動しているかのような圧迫感があった。実際に息苦しくもあり、一定の末那を放出して自分の身体を保護しないと、非常に居心地が悪かった。
「凄い光景だね。これが、死後の都市か。茶々丸、真珠丸、平気かい?」
「にゃあ。」
「きいぃ。」
「辛くなったら、すぐに言うんだよ。」
大森林の入り口まで来ると、一人の幽世の民の女性が湿地に沈んでいる死体の近くで膝を付き、水の中に手をそっと浸けているのが見えた。彼女はタタラ達に気が付くと、立ち上がって、剣を抜いた。
「こんにちは。僕はタタラ・マドリーナと申します。マドリーナ王国の国王です。」
幽世の民の女性の瞳は、見る角度によって鮮やかな黄色と緑色と青色に変化した。彼女は長い白髪で片目が隠れていたが、手で髪を耳に掛け、両目でタタラを凝視して、厳かに言葉を発した。
「初めまして。私に食べられるか、戦士として戦うか、どちらを希望しますか?」
タタラは彼女の初対面の挨拶について、真剣なのか冗談なのかを考察したが、結論が出なかったので、無難な言葉で返答をすることにした。
「あなた方に対して敵意はございません。」
「にゃあ。」
「きいぃ。」
彼女は、タタラ、茶々丸、真珠丸を順番に見て、最後に見た真珠丸に目を止めた。真珠丸は居心地が悪くなって、タタラの影にそっと隠れた。
「ところで、戦士として戦うなら、相手はあなたになるのですか?」
「もちろん違います。宵闇の星、ダークスターが相手です。」
「ダークスター?」
「ご存知ありませんか。その怪物はかつて13柱の悪魔を喰らったと言い伝えられています。」
「ふうん。」
彼女は茶々丸の尻尾に注目した。いつの間にか2本の尾の先にそれぞれ火の玉が浮いていた。
「私達はヒトを探しに、この地に参らせていただきました。骨をガシャガシャとさせた女性と狸さんを見かけませんでしたか?」
「あなたはまだ私の質問に答えていません。ここは私達の土地。先に答えて下さい。」
「では、私のお肉を差し上げます。どの部位が好みですか?」
彼女はキョトンとした表情となった。
「ええと、もも肉。」
「では、私のもも肉を差し上げますので、探しビトの情報をいただけないでしょうか?」
真珠丸は心配そうにタタラの足を引っ張った。
「きぃ、きぃ。」
タタラは真珠丸を抱き上げた。
「僕は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」
その瞬間、湿地の水の中から二人の幽世の民の男がタタラ達の左右から勢い良く現れ、剣で攻撃してきた。




