第89話 星の海
タタラはカルナルからミディアムの情報を得た後、芭蕉に連絡を入れ、状況を説明した。タタラはシヴァと分福丸が心配で、すぐにでも捜索に出たかったが、日が暮れそうになっていたことから、カルナルがタタラ達を引き止め、彼の家で一泊することになった。
カルナルには妻と3人の子どもがいて、タタラ達はその家族と夕飯を共にした。子ども達が茶々丸と真珠丸とひとしきりじゃれあって遊んで寝静まった後、カルナルはタタラ達を湿原へと誘った。そこで、タタラ達はとんでもない光景を目の当たりにした。
湿原の至る所で夜光虫が飛び交い、湿原全体が虫の発する光で満ち溢れていた。僅かに青味がかったその柔らかな光は夜の湿原を幻想的な世界へと変えていた。見る者の心を奪い、感動させ、圧倒した。
「凄い。凄すぎる。」
「きぃぃぃぃ。」
「にゃあ。」
「だろ?これがエバユース湿原だ。この景色を守るために、俺達は居住区と湿原の間を農地として活用すると共に湿原がヒトの生活で汚染されないようにしているんだぜ。」
「この光景を色んなヒトに見せてあげたい。駄目かな?」
「もちろん、構わねぇ。だが、湿原の保全が最優先だ。それだけは譲れねぇ。」
「もちろんだよ。」
真珠丸は湿原の上を飛び、光の中を優雅に進んだ。それを見た茶々丸はタタラに懇願した。
「にゃぁぁぁぁぁ。」
「茶々丸も光の中を飛んでみたいんだね。一緒に行こう。」
タタラは茶々丸を抱っこし、背中に飛竜の骨格を生やした。それを見て驚きの声を上げたカルナルを横目に、タタラは真珠丸の跡を追って、青い光で包まれた湿原の上を飛んだ。まるで星の海の中を漂っているかのようであった。
「夢から醒めないみたいだ。」
タタラ達は夢見心地な気分をたっぷりと満喫した。
翌朝、タタラはカルナルとその家族に礼を述べ、死後の都市ミディアムへと出発した。
「いいかい、茶々丸、真珠丸。いつ襲われるか分からないから、感覚を研ぎ澄まして末那を探知するんだよ。何かを感じ取ったら、すぐに結界術か霧の防壁を張るんだよ。」
「にゃあ。」
「きいぃ。」
「僕は茶々丸と真珠丸のことが大好きなんだからね。怪我しちゃ駄目だよ。」
タタラは茶々丸と真珠丸に頬擦りした。何となくツバキに恨まれた気がした。
タタラは秘術 餓者髑髏により、巨大な飛竜の骨格を用意し、骨で造った3人掛けの椅子を脊柱に取り付けてそこに座り、湿原の上を飛んで移動した。
「にゃあぁぁぁぁん。」
「おおっ。」
進行方向からやや外れた所で狐が乾いた箇所の地面をトコトコと歩いているのが見えた。タタラは飛竜の骨格を狐に向けて飛ばした。狐は立ち止まり、じっとタタラ達を見つめた後、警戒して走って逃げて行った。
「ああっ。狐さんがぁ。」
「きぃ、きぃ。」
「そうだね。狐さんを追ってる場合じゃないね。」
飛行速度を上げ、暫く進むとタタラは異変に気付いた。初めは微かな違和感にすぎなかなかったが、やがて確信に変わった。
「変だね。明らかに末那の濃度が濃くなってる。生き物から漏れ出て、大気中へと放出される末那は自然と均一となるのに。何倍、いや何十倍も濃い。」
タタラは深呼吸し、湿原に漂う濃度の濃い末那を深く知覚してみた。
「どうやら、この辺りは、かつて、戦場だったみたいだね。亡くなったヒト達の末那が湿原を離れずに留まっている。つまり、地縛霊だね。それだけでなく、まるでこの地に末那が引き寄せられてるみたいだ。でも、どうしてだろう?飛散せず、消失せず、こんなにも末那が濃くなっているのは。」
地面を見ていた真珠丸が、きうっ、と声を上げた。タタラと茶々丸が真珠丸の視線の先に目をやると、湿原の水の中にヒトの死体が沈んでいた。




