第88話 死後の都市
「何日も前にな、その姉ちゃんと、狸と、一緒に酒を飲んだんだよ。豪快な所とか、なんだか気質が俺と似てて、久しぶりに美味い酒を飲めた。それでよ、色んな話をして、その、ついうっかり口を滑らしちまった。他所者には言わないことをな。まぁ、国防大臣だから、他所者じゃねぇけどよ。でも、余計なことを言っちまった。」
タタラは真っ直ぐにカルナルの目を見た。
「僕にも、聞かせてくれませんか?」
1頭のタタタタが水の中に潜り、暫くして顔を出し、非常にゆっくりとした速度で水草を咀嚼した。残りの4頭は食事を終えて、プカプカと気持ち良さそうに水に浮いていた。
「その、なんだ。危険なことなんだ。絶対に秘密ってわけじゃねぇけどよ。危険だし、それに、下手すりゃ、この村も敵視されるかもしれねぇ。それは困るんだ。」
「つまり、危険な誰かの元へと向かったと?いずれにしても、僕達はそこへ行きます。中途半端な情報だけだと対処できないかもしれませんし、きちんと伺ってもよろしいでしょうか?」
「分かったよ。何があっても、恨まねぇでくれよ。」
カルナルは湿地帯の中央にある不気味な都市について語り始めた。
「その都市はこう呼ばれている。死後の都市ミディアム。湿地帯の中で唯一、鬱蒼とした森林があって、その内部に都市が築かれている。まるで、広大なエバユース湿原の中にぽっかりと浮かぶ島のようなんだ。だが、俺はそこに住む者達を実際に見たことは一度もない。親父から聴いた話では、連中の肌の色は黒色に近い暗青色で、髪の毛は白く、湿原の泥炭を乾燥させて燃料として使い、生活してるらしい。連中は幽世の民と呼ばれてる。俺が死後の都市を恐れているのは、幽世の民が食人をする一族で、湿地に迷い込んだ者が餌食となるからだ。幸い、俺が村長になってからはダラストゥクの住人が被害にあったことはない。タタタタの食事のために湿地に出る時はエバユース湿原を注意深く観察し、警戒を怠らないようにしてる。好奇心旺盛な若い奴らがミディアムに興味を抱かないように、幽世の民の恐ろしさを包み隠さずに伝えてあるんだ。それでよ、国防大臣の姉ちゃんは、ここまでの話を聞いて、さほど興味を示さなかった。ただ、幽世の民は何とかって空飛ぶ闇の化け物と深い関り合いがあって、子どもを生け贄にすると聞いたことがある、と俺がぽろっと言っちまったんだ。その話を聞いた姉ちゃんは急に静かになった。それで、姉ちゃんの方を見るとよ、俺は腰を抜かしそうになった。いつの間にか、姉ちゃんは五つ眼になっていて、その全ての眼をかっと開いていてよ、明らかに不機嫌になっていたんだ。それで、翌朝、狸を連れて出発してった。ミディアムに向けてな。」
「なるほど。そうだったんだね。ところで、カルナルさんが幽世の民を見たことがないってことは、この村とミディアムは全く交流が無いの?」
「そうだ。まぁ、この村は辺鄙な所にあるからな。北東から鱗の民が、南からミラーベイの街の者が定期的に行商に来る以外は、誰もダラストゥクにはやって来ねぇよ。」
「この雄大な湿原を誰も見に来ないの?もったいないよ。もっと観光に力を入れようよ。」
「それが出来りゃ苦労はしねぇよ。親父の代の頃に、ひょいとやって来た旅の者が何人か湿原に入って、誰も戻っては来なかった。それで、悪い噂が流れてな。あの竹虎はこの村に1回来たきりで、なんの興味も示さずに帰っていったよ。湿原を確固たる領土にしたいとは思わなかったんだろうぜ。まぁ、俺としちゃ、湿原を戦場にされる位なら、無関心でいられる方が良いんだがな。」
「湿原の向こう側のストレキル領からも、誰も来ないの?」
「この湿原を渡ろうとする物好きな奴はいねぇし、いたとしても、ヒト知れず、幽世の民に喰われてんじゃねぇかな。あ、そういや一人いたな。何箇月か前に、向こう側から来た奴が。いつものように、ここでタタタタに飯を食わせてると、小舟に乗った男がやって来たんだ。幽世の民じゃねぇかとびっくりしてよ、心臓が裂けるんじゃねえかと思う位に心拍が上がっちまった。小舟は水の無い所でも滑るようにして直進してよ、よく見ると、何の変哲もねぇ、ひどく物腰柔らかな兄ちゃんが乗ってた。」
「へえぇぇ。彼は何か言ってた?」
「ああ。なんか、危うく料理されそうになったけど、気にせずに観光を楽しんだと言ってたな。あと、時々見かける狐が可愛かったとか言ってたぜ。あんな危険な場所で、何言ってんだこいつ、と思ったね。あいつは変態だ。間違いねぇ。」
「ふむ。やっぱり料理されそうになるんだね。それにしても、狐さんがいるんだ。僕も見てみたいなぁ。」
「あんたも相当変わってる。」




