第82話 焚き火の中の運命
赤の女王は、周囲に落ちてあった乾いた木片を集めて、1箇所に置いた。
「夜の砂浜と言ったらこれだよね。焚き火。火をつけられる?」
タタラは秘術 飛縁魔により、火を焚いた。
タタラと赤の女王は、ぱちぱちと音を立てて上る炎をじっと見つめた。二人の顔に明暗が変化する淡い光が映し出された。タタラが、柔らかな炎の熱量に合わせた和やかな声で、赤の女王に語りかけた。
「君と初めて出会った時に、僕は君を襲ったでしょう?テンマは僕が君を海賊と間違えて攻撃したと言ってくれたけど、あれは半分正解で、もう半分は別の理由があったんだ。」
赤の女王はタタラに質問した。
「もう半分の理由は何なの?」
「実は、君を初めて見た時、僕の本能が大音量で警報を鳴らしたんだ。この者は危険だとね。君の何が危険なのか分からなかったし、今でも不明だ。でも、君はツバキやマシュを助けてくれた。宝箱も、その気になれば一人占めすることが出来た。でも、君はそんなことをしようと微塵も考えてはいない。良いヒトだ。」
赤の女王は、いつもの物腰の柔らかな口調で言った。
「俺は良いヒトなんかじゃないよ。」
タタラは炎の中心を見つめながら赤の女王に尋ねた。
「良いヒトじゃないと思うのはどうして?」
赤の女王もまた炎の中心に目を釘付けにして答えた。
「これまで、これといって、悪いことはしてこなかったつもりだ。でも、それと同じ位に、これといって、良いこともしてこなかった。だからさ。俺はただ、旅をしてきただけ。今日一日の出来事も、旅の中での体験なのさ。」
ゆらゆらと揺れる炎の中に、赤の女王は木の枝を放り込んだ。いくつかの火の粉が上昇気流に乗って舞い上がり、やがて消えていった。マシュは、タタラの腕の中で、すやすやと眠っていた。
「じゃあ、君には家はあるの?」
「家?家は」
赤の女王は自分が生まれ育った環境を思い起こし、そこが家と呼べるものなのかどうかを考え、返答した。
「家は、無い。」
「じゃあさ、マドリーナ王国の湖都ユマに君の家を建てるのはどうかな?そして、君に大臣を務めて欲しい。」
「ちょっと待って。急に何を言い出してるの?俺はこれからも旅を続けるよ。」
「それで良いよ。僕も世界中を周りたいけれど、王としての責務があるからさ。代わりに、世界の話を君から聴かせて欲しいんだ。だから、君は諜報大臣だ。君は君の行きたい場所を旅して、話したいことを僕に聴かせてくれれば良いんだ。」
赤の女王は後方に両手を付いて、上半身を反らして夜空を見上げた。無数の煌めく星が彼の心を感傷的にさせた。
「何故、俺に大臣になって欲しいの?」
「君との縁を繋いでいたいからさ。君との出会いに運命を感じるんだ。いつか、それを実感出来る日が必ず来る。」
赤の女王は少し意地悪な声で言った。
「でも、君はそんな運命的な出会いの瞬間に、俺を殺そうとしたじゃないか。」
「それ位、衝撃的な出会いだったってことさ。百年に一度の日食で、人々が終末を想像して右往左往するようなね。ふふふ。」
「ふふふって。」
「君は僕との出会いに運命を感じない?」
「出会って胃がひっくり返るんじゃないかと思ったのは君が初めてだよ。君の存在は、まるで奇跡だ。ただ、運命を感じたかと言われると、どうかな。君にとっての運命は未来にあるのかもしれないけれど、俺にとっての運命は過去にあるんだ。昔を振り返り、ああ、あの時のことが運命だったんだなと思うことがある。それが俺にとっての運命なんだよ。」
タタラはマシュの頭を優しく撫でた。マシュの、呼吸で胸が上下する様子が愛おしくてたまらなかった。生きていてくれてありがとう、とマシュの魂に伝えた。
「それで、諜報大臣の話はどうかな?」
「諜報大臣か。ふむ。」
赤の女王は砂浜にごろりと寝転んだ。
「じゃあさ、家を用意してくれる他に、もう一つお願いを聞いてくれないかな?」
「なんだい?」
「君の国に居座る、餓者髑髏について。」




