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Dear World  作者: 山波 孝麻
第1章 たたりもっけと餓者髑髏
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第80話 海坊主の物語

 海坊主(うみぼうず)刀身(とうしん)から手を離し、後退した。サーペンスは(ひざ)を付き、吐血(とけつ)した。サーペンスは震える手で身体(からだ)から刀身(とうしん)を抜き、それを手に持ったまま、立ち上がり、海坊主(うみぼうず)の方へと歩もうとした。しかし、足を前に出せなかった。サーペンスは死を悟った。


「テチス(かい)の戦いに終わりはありません。私が死んでも、後任が派遣されてくるだけです。次は、過激な人物かもしれません。私に支配されていれば良かったものを。」


サーペンスは刀身(とうしん)を手から離した。両腕を天へと上げて、空を見上げた。


「いと高き所に栄光あれ。」


サーペンスは仰向(あおむ)けに倒れ、絶命した。


 海坊主(うみぼうず)は船の甲板(かんぱん)尻餅(しりもち)を付き、呆然(ぼうぜん)とサーペンスの死体を(なが)めた。敵を打ち破ったことに、ひとかけらの達成感もなかった。マシュの死が心の中を駆け巡った。込み上げてくるものがあり、下唇(したくちびる)が震えた。


サーペンスにはサーペンスの物語があり、家族があり、信念があったのだろう。しかし、彼の死に敬意を示すことは出来なかった。海坊主(うみぼうず)にとって、平等な命の尊さは主観的な愛情の思い入れによって個別に変化するものであった。決して命の価値に優劣(ゆうれつ)があるわけではなく、上下でもなく、差異(さい)なのだ。


(それの何が悪い。それのどこが悪い。俺はピットが大切だった。自慢の息子だった。息子を殺した連中とその同類を地獄に落としてやる。)


 これまで、そう考えていた海坊主(うみぼうず)はサーペンスやマグナの死に触れても、何も考えが変わることはなく、一方で、少しも気持ちが晴れることはなかった。しかし、ピットが愛したマシュを救えなかったことで、今まで自分がしてきた復讐(ふくしゅう)は何の意味もないことのように感じられた。自分の意志も、自分の存在も、自分の人生も、自分に関する全てが無意味に感じられた。


海坊主(うみぼうず)は、本当は分かっていた。海賊を殺し、海賊船を沈めることに何の意味もないことに、初めから分かっていたのだった。それでも、息子の死を思うと、いてもたってもいられなくなり、破壊衝動に突き動かされた。そうすることが亡き息子への手向(たむ)けになると信じていた。


しかし、マシュは違った。マシュは、ただ復讐(ふくしゅう)をするだけではなく、ピットの目指していたものを追求していた。自らの命を投げ出して、ディープホールに沈んででも、ピットの夢を叶えるために全力で生きた。


それに比べて、自分はなんて矮小(わいしょう)で、なんて弱いのだろうと感じた。海坊主(うみぼうず)はひたすら、(おのれ)卑下(ひげ)した。目の前に倒れているサーペンスはどうだったのだろうと思った。しかし、どれだけ想像しても、それはだだの想像でしかなかった。


「あんた。あんた。しゃきっとしな。」


時雨(しぐれ)海坊主(うみぼうず)鮫肌(さめはだ)の背中をバチンと(たた)いた。


「この船は時期にディープホールに落ちるよ。ボサッとしないで、自分の足で立って、歩いて、家に帰るよ。早くしな。」


時雨(しぐれ)海坊主(うみぼうず)の太い腕を持ち上げた。海坊主(うみぼうず)はのそりと立ち上がった。気絶しているリョウコを(かつ)いだタタラと共に、自分の船へと戻った。時雨(しぐれ)は水の魔法、水妖(すいよう)を発動し、船の周りの海水を船ごと移動させることにより、ディープホールの海域から離脱した。


 海坊主(うみぼうず)は東西からくる(しお)の境目にできる巨大な(うず)、ディープホールを見えなくなるまで眺めた。やがて、讐怨亭(しゅうおんてい)の船が沈んだ。まるで海が獲物(えもの)を補食するかのように、船を飲み込んでいった。その光景は、取り返しのつかない不可逆的(ふかぎゃくてき)(ことわり)のようであり、マシュの死を実感するのに十分な根拠(こんきょ)となった。海坊主(うみぼうず)は、涙を流し、腕でそれを(ぬぐ)った。


 太陽が彼方(かなた)の海にその身を隠し行く中で、赤く染まった夕暮れ時の空は、海坊主(うみぼうず)に一つの物語の終結を感じさせた。時雨(しぐれ)(かじ)を取りながら、そんな海坊主(うみぼうず)の背中を、いつまでも、涙目で見つめていた。

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