第73話 「ありがとう」と「ごめん」を言われるわけは
マシュは、あれだけ自分を幸せにしてくれたピットを救えなかった自身の力の無さを呪い、強くなる決心をした。そして、水の魔法、水妖を応用し、いつか夢見た雲の中に身を潜ませることを実現出来る霧の魔法を体得した。
マシュは末那を霧に練り込むことによって、魔法の霧を三段階に変異させることが出来た。
視界を覆うだけの第一の霧。
早く進む物に対しては硬く働き、遅く進む物に対しては高い粘性を持つ液体として働く第二の霧。
そして、不動の第三の霧。
第三の霧で覆ったものは、どれだけ質量の大きい物であろうと、霧ごと全てを持ち上げることが可能であった。
霧の魔法を体得して間もない頃、マシュが魔法の霧に乗って空を移動していると、偶然、ある島を発見した。上空から見ると、その無人島はピットの宝の地図に記された形とそっくりだった。マシュは島に降り立ったが、どうしても地図の丸印が描かれた場所を思い出すことができなかった。マシュはピットの黄金の宝箱を大切に保管し、守っていたが、鍵を奪われていたため、中にある宝の地図を確認することが出来ないでいた。
マシュは第三の霧を行使して、クラングランの港に停泊していた思い出がいっぱいに詰まったピットの船を回収した。そして、ピットを殺した青鬼海賊団を探し当て、全てを霧に包み、持ち上げ、宝が隠された無人島へと落下させた。復讐すること、島の宝を隠すこと、鍵を奪い返すことの3つの目的があった。
落下で生き残った青鬼海賊団は皆殺しにした。ただし、敵の一人一人、全ての船の隅々まで調べたが、黄金の鍵を発見することは出来なかった。青鬼海賊団から、さらに鍵を奪った海賊がいるかもしれなかった。
マシュの復讐は全ての海賊へと向けられた。
それ以来、テチス海で暴れ回るあらゆる海賊船を魔法の霧で覆い、島へと運び、地面へと落下させた。
何があっても、エスペランザの財宝を手に入れ、ピットの夢を叶えたかった。
こうして、マシュは船幽霊と呼ばれるようになった。
ただ、ここにきて、黄金の宝箱を讐怨亭に奪われ、マシュの心はひどく乱れた。しかも、連戦続きで体力も末那も枯渇し、疲れ果てていた。
そんな中で、海坊主に声をかけられた。
これまで、海坊主が何度も接触を試みてきたことにマシュはもちろん気付いていた。しかし、ピットを守れなかった自分はピットの父親である海坊主に会わせる顔がないと思っていたし、あるいは、海坊主が不甲斐ない自分を殺しに来たのかもしれないとすら感じていた。
マシュはピットの両親になら自分が殺されても仕方がないと思っていたが、ピットの遺志を継ぎ、それを成し遂げるまでは死ぬわけにはいかないと考え、海坊主を霧で阻んできた。
しかし、末那が尽きて霧を出せなくなり、逃げる体力も残っていないマシュは観念して姿を見せるしかなかった。
そこで、マシュにとっては思いもよらないことが起きた。海坊主も時雨も、泣いて自分に感謝と謝罪の気持ちを伝えてきたのだ。
マシュは思った。
(どうして?ピットのお父さん、お母さん。僕はあなた達の最愛の息子であるピットを守れなかったのに。どうして僕に、ありがとう、と言うの?どうして僕に、ごめん、と言うの?僕はピットを救えなかったんだよ。僕達のピットを救えなかったんだよ。)
タタラは一筋の涙をこぼした。そして、マシュを抱え上げ、ぎゅっと抱きしめた。
「マシュが、ありがとう、と言われるのは、マシュが一生懸命になってピットのために行動したからなんだよ。マシュが、ごめん、と言われるのは、マシュに幸せになって欲しかったからなんだよ。」
マシュはじっとタタラの目を見た。
「ピットの宝箱を取り戻そう。僕もピットの遺志を継ぐよ。これで、君はもう、一人ぼっちじゃないからね。」
マシュはタタラの言葉を聞いて、大きく目を見開いた。
タタラはマシュを抱えたまま、海坊主と時雨の元へと行った。
「マシュはこう思ってる。僕はピットを守れなかったのに、なんで、そんな僕に、ありがとう、や、ごめん、って言うの?って。」
それを聞いた時雨はタタラから自分の元へとマシュを抱き寄せた。そして、いつまでも、いつまでも、マシュのことを優しく抱き締め続けた。




