第71話 息子の影を追って
テンマはこれまでの経緯と現在の状況を皆に説明した。海坊主と時雨は船幽霊の行方が気になり、島を捜索することにし、タタラ、茶々丸、赤の女王が同行することにした。
リョウコは、魔力と体力を使い果たしたテンマと、泥のようにこんこんと眠っているツバキ、それに、重症を負って意識を喪失している讐怨亭の頭、フェイレイのそばにいることにした。
船幽霊の捜索に出たタタラ達は地面が船の残骸に埋もれた林の中を進んだ。非常に足場の悪い所を、茶々丸はご機嫌に先頭を歩いた。
カサコソと動く虫を追いかけ、船の残骸の隙間から生えたひらひらと風に揺られる植物に猫パンチを繰り出すことはあったが、茶々丸は後ろを歩く者達を気にかけながら、皆を先導した。
赤の女王は賢くて、もふもふの2本の尻尾を持つ茶々丸のことがすっかり気に入った。
「ねぇ、赤の女王は、どうして赤の女王っていう名前なの?」
タタラの質問に赤の女王が答えた。
「パンゲア大陸の4大国の1つ、クルーセットの首都クリスタルパレスでさ、毎年、オリンピアと呼ばれる武術大会が開催されるんだよ。大規模な催しで、パンゲア大陸中から出場者が集まるんだ。それに参加した時に、登録名を俺の技の名前である『赤の女王』にしたんだよ。なんだか、そっちの方が格好良い気がして。それで、赤の女王っていう名前がそこそこ有名になったからさ、そのまま名乗ることにしたんだ。誰かの護衛とかの仕事が入った時に、名が売れてる方が報酬が高くなるからね。」
「オリンピアの話は俺の島にも情報が入ってくるぜ。」
海坊主が口を開いた。
「近年のオリンピアの優勝者は化け物揃いと聞いてる。レムリアの獣、絶対のバウンティーハンター、それに赤の女王。一対一の勝ち抜き戦で進行するオリンピアで、お前は初戦から最終戦まで、ただの一歩も動くことなく相手を打ち負かしたそうだな?」
「その年は、たまたま強いヒトがいなかったんだよ。タタラが相手だと、一歩も動かないどころか、逃げ出したくなっちゃったからね。」
雑談して不思議な光景の林の中を歩いていると、海坊主が提案をした。
「なぁ、バラけて捜索した方がよくねぇか?」
「なんで?」
「なんで?」
海坊主の発言に、タタラと赤の女王が同時に答えた。2人は顔を見合せた後、海坊主を見た。
「手分けして船幽霊を探した方が効率的だろ?あの猫の後をついて行っても、しょうがねぇだろ。鼻のきく犬じゃあるめぇし。」
タタラが、むっとして返答した。
「あの子の名前は茶々丸だってば。ついて行けば大丈夫だよ。」
赤の女王も、むっとして続けて言った。
「そうだよ。茶々丸はあんなに賢くて可愛いんだよ。ちゃんと船幽霊の所へ向かってるよ。」
「いや、可愛いは関係ねぇだろ。」
「なんで正しい方向に向かってるって断言出来るのさ?」
時雨の質問にタタラが答えた。
「船幽霊の末那を捉えているからだよ。」
「末那って何?」
「魔力とか、生命エネルギーとか、オーラとか、気と呼ばれてるものと同じだよ。」
「あんたは魔力についての知識が豊富なのかい?」
「うん。バナナに含まれるカリウムのようにね。」
「ちょっと、何を言ってるのか分からない。」
時雨は俯いて、考え事をしながら歩いた。暫くして、タタラに質問した。
「死んだ者の魂がこの世界に留まることはあるのかい?」
海坊主はちらりと妻の時雨の顔を見た。しかし、何も言わずタタラの返答を待った。
「一部の例外を除いて、基本的に魂は肉体無しでは存在できない。だから、魂が正常な形を保って、この世界に留まることは無い。」
時雨は静かに呟くように声を出した。
「そうかい。」
「ただし、死んだ者の末那が何かしらの物に宿って、この世界に留まり、生者に影響を及ぼすことはありえる。僕はそれを『念』や『霊』と呼んでる。ただし、それらは特定の気持ちを伝えると言った、ほんの僅かな、極めて限定的な反応でしかない。それだけでも、凄いことだと思うけどね。」
「じゃあ、船幽霊のように激しく動き、魔法を行使し、ドンパチやるようなことは死者には出来ないのかい?」
「うん。死者の魂は世界に拡散し、世界の一部となって、世界を循環するんだ。従って、死者の魂を呼び出すなんてことも出来ないよ。」
時雨は、また、そうかい、と小さな声で言った。
「にゃぁぁぁぁぁん。」
「着いたよ。」
茶々丸は、根元がぱっくりと穴の空いた大木の前で腰を降ろした。穴の中は暗闇で満たされ見えなかった。タタラが前に出ようとした時、海坊主が片手でそれを制止した。
「待て。俺に行かせてくれ。」
海坊主はゆっくりと大木に近づいて、穴に語りかけた。
「船幽霊、そこにいるんだろ?今まで、ずっとお前と話がしたかった。でも、お前の霧に阻まれて会うことができなかった。お前を傷付けようなんて思ってない。」
穴は、沈黙したまま変化を見せなかった。
「頼む。出てきてくれ。お前は何者なんだ?」
穴は、さらに沈黙を深くした。
「俺は海坊主。ピットの父親だ。」
穴の闇は揺らぎを見せ、船幽霊がそっと姿を現した。
海坊主は呆然となり、思考が停止した。そして、はっとした。
「まさか、お前は、マシュ?」
ピットが死んで、出現するようになった船幽霊がまず襲ったのは、ピットを殺した青鬼海賊団だった。それからというのも、数ある海賊船を沈めてきた。海坊主は船幽霊のこれまでの行動を瞬時に振り返り、合点がいった。
ぐしゃっと顔を歪め、目を潤ませた。時雨もまた同じ気持ちで、2人はその場に膝を着いた。声を震わせ、海坊主が船幽霊に向かって優しく言った。
「マシュ。ピットのために、今まで、一人で、ずっと懸命に戦ってきてくれたんだな。ありがとう、マシュ。ありがとう。ごめんな。これまで一人で戦わせてきて、ごめんな。」
そこには、白色の体毛で、尾の先端のみ黒い、オコジョがいた。




