第7話 心臓の無い胸
これまで、数多くの戦士が地獄嶽に住まう餓者髑髏に挑んできたが、皆、例外なく骸となった。特定の技や術に長けていた者、頭に角を生やした者、鋭い鉤爪や棘を持つ者、背中に翼を有している者、ヒトか獣か判断がつかない者までいたが、餓者髑髏の敵ではなかった。どれだけ骨を砕かれても、痛みを感じることはないし、骨の補充にも困らなかった。死んでいった戦士達の亡骸がいくらでもあったからだ。
神通力により骨を自在に操る餓者髑髏にとって、もはや骨の山となった地獄嶽は究極の戦闘領域となっていた。
その日、餓者髑髏が目を覚ましたのは、日が昇り始める前の辺りがまだ闇に覆われた時刻であった。外見から闇の住人だと他者に信じ込まれているが、昼行性で太陽との相性は良い方である。とは言うものの、骨だけの存在である餓者髑髏には眼識がなく、光を捉えることはできない。
ただ、太陽が顔を出すと、多くの動物や植物が活動を始めるため、その生命のエネルギーを感じとることで、世界を知覚することができた。夜行性の動物が放つ、夜独特のエネルギーの情景も嫌いではなかった。
しかし、その日の夜の波動は、いつもとは顕著に異なっていた。ちょうど、海の波が、砂浜に押しては引いて、押しては引いてを繰り返すように、光の波が断続的にぶつかってきた。そして、その輝きは次第に濃くなっていき、間違いなく餓者髑髏へと迫ってきていた。
餓者髑髏は多少の興味深さを抱き、どの部位も欠損していない綺麗な全身の骨格を用意して、それを骨の山の頂上に立たせ、客人を出迎えることにした。果たして、どんな怪物がやって来るのだろうと、心臓の無い胸を感情的にどきどきさせながら待ち構えた。
「こんばんは。餓者髑髏さん、ご在宅でしょうか?」
莫大なエネルギーを有する者にしては、随分とあべこべな発言に感じられた。餓者髑髏は準備していた髑髏の口を開閉させて話をしているかのように細工し、また、無数に転がっている骨を動かして、その振動音を言葉として発した。
「何しに来た?」
洞窟の中で音が反響するように、四方八方から重低音の声色が辺りに響き渡った。タタラは、餓者髑髏に依頼した。
「実は、街道を往来するヒト達の多くが餓者髑髏さんのことを怖れています。それで、ヒトの流れが減少し、周辺の村の活気がなくなってしまいました。よろしければ、お引越しをしていただけないでしょうか。」
「ふざけるな。私は、ここに腰を下ろしているだけだ。街道を歩いている者の邪魔をしたことはない。ここに転がっている骸どもは私を殺そうとした。だから、返り討ちにした。それだけだ。」
「でも、ここまで状況が悪化してしまうと、もうどうにもなりません。お引越しが難しいようなら、もう少し奥まった場所に寝床を移してみてはいかがでしょう。」
「私に指図をするとは不愉快な野郎だ。頭に血が上ってくるわ。」
それを聴いたタタラは厳かに指摘した。
「しかしながら、その姿を見ると、血液は無さそうですよ。」
餓者髑髏は何年か振りに、真剣に腹を立てた。
そして、用意した骨格に適当な骨を拾わせ、骨の山から投げつけた。それは腕の骨で、タタラの前方で橈骨と尺骨に分かれ、タタラと茶々丸にそれぞれ向かって飛んでいった。タタラは骨をはたいたが、別の一本は油断していた茶々丸の頭にごつんと衝突した。
「に゛ゃっ。しゃああああああああぁ」
怒った茶々丸は片方の尻尾の先に巨大な鬼火を出現させた。そして、極限にまで炎を圧縮させ、光線状に発出する火炎術 迦具矢を骨の山の下部から口をぱくぱくとさせていた髑髏にかけて放った。
途端に、骨の山が爆裂し、轟音が周辺の街や村にまで響き渡り、餓者髑髏が用意した骨格は木端微塵となった。