第52話 茶々丸と赤神ナナセ
湖都ユマに到着した赤神ダンテ達は大鷹を王邸が建っている中洲の東端に着陸させた。そこで、国務大臣の芭蕉と書記官のピアが出迎えていた。それぞれが軽く挨拶を済ませた後、王邸へと入り、タタラと面会した。
「マドリーナ王国へようこそおいで下さいました。国王のタタラと申します。」
赤神ダンテが応じた。
「アカガミ国、赤神家頭領、赤神ダンテです。突然の訪問を快諾して下さり、大変感謝しております。」
タタラは迎賓室 湖宮に赤神ダンテ達を案内した。湖宮は南側にある王邸の入口の反対側に位置し、贅の限りを尽くして煌びやかに装飾が施された元竹虎の寝室であった。
タタラは、北側から眺める湖の眺望を気に入っていたが、派手な部屋ではぐっすりと眠れないと思い、迎賓室として活用することにしていた。
湖宮には、予定通り赤神ダンテ、水野京爾郎、赤神スースが入室し、赤神ナナセと赤神ダイボスは部屋の外にある小広間で待機した。
「ほう。これは見事な景色ですな。」
「はい。ユマ湖は様々な表情を見せてくれます。太陽の光を目一杯に反射する今の様子も格別です。」
赤神ダンテは席に着き、注意深くタタラを観察した。自分と相対していることで、多少、緊張している様子が伺えたが、同時に、臆することなく胸を張って堂々としていた。部下もこうあって欲しいと思う位の見事な佇まいであった。
しかし、タタラには、まるで空間の歪みが生じているかのような重々しさがあった。タタラが移動すると、空間の歪みも移動する。タタラの存在そのものが空間に影響を及ぼす超常のエネルギーのようであり、タタラに触れると身体の全てを吸い込まれてしまいそうな奈落を彷彿とさせた。
赤神ダンテは両隣に座った2人を左右の手を添えて紹介した。
「この者は水野京爾郎と申します。アカガミ国の安全保障担当補佐官を務めております。こちら側の者は赤神スースと申します。外務担当補佐官を務めております。」
2人はお辞儀をした。タタラも両隣の2名を紹介した。
「こちらは国務大臣の芭蕉と、その補佐を務める蒼白陽と申します。」
蒼白陽は長年、芭蕉を支えてきた書記官の女性で、芭蕉の姪であった。幼くして両親を亡くし、芭蕉に育てられてきた。蒼白陽は心から伯父の芭蕉を尊敬し、自分が芭蕉の助けになれるよう、普段より書物を読み漁り、礼儀作法を習得し、武芸の鍛練を欠かさなかった。
赤神ダンテはマドリーナ王国建国の祝辞を述べた後、単刀直入に聴きたいことを質問した。
「実は、バルバレイ領で起きた出来事に関心がございます。そして、憂慮しております。街を崩壊させた蟲、その蟲を屠ったであろう大魔法、行方不明となった我が国の外務官。タタラ王はご存知ないでしょうか?」
小広間に待機している赤神ナナセと赤神ダイボスは湖宮への扉から少し離れた位置に立ち、有事の際は頭領を即座に助け出すつもりで気を張り詰めていた。
扉から離れた位置にいるのは、湖宮で爆発が生じた場合、扉の前にいると自分達も巻き込まれてしまい、それでは頭領を助け出すことが出来なくなってしまうことを想定していたからであった。
そんな中、小広間に茶々丸がすたすたと歩いて入ってきた。
茶々丸は赤神ダイボスの胸板の厚い身体をちらりと見た後、赤神ナナセの目の前で座り、彼女をじっと見つめた。
「あかん。んめっっっちゃ可愛い。」
茶々丸は、にゃあ、と一鳴きした後、小広間を出て行った。赤神ナナセは同じく小広間で待機している護衛官のライデンに声をかけた。
「すみません。さっきの猫、こちらで飼われてるんですか?」
「飼っているというか、その、茶々丸様という名前でして、マドリーナ王国のお庭番を担っております。」
「ちょっと待って下さい。色々とつっこみたい所が、いや、ええと、質問させて下さい。お庭番って何ですか?」
ライデンは少し困惑気味に返答した。
「お庭番はマドリーナ王国の要人の警護をしたり、その、後は秘密なのです。」
「要人の警護って、でも、猫ですよね?」
「はい。にゃんこであらせられます。」
「にゃんこであらせられます?そんな文章ある?」
赤神ダイボスが赤神ナナセを咎めた。
「おい、失礼だぞ。無駄口を叩くな。」
「だって気になったんやもん。」
茶々丸が再び小広間に入ってきた。口にはエノコログサを咥えていた。そして、赤神ナナセの前で座った。
「え?もしかして、そのネコジャラシで遊んで欲しいの?」
赤神ナナセは茶々丸からエノコログサを受け取り、やや高い位置に振ってみた。茶々丸はエノコログサの先端をめがけて軽く飛び跳ね、幾度も猫ぱんちを繰り出した。
「可愛すぎるぅ。ほら、茶々丸、こっちやで。」
赤神ナナセはエノコログサの先端を下に向け、小広間内を早歩きで移動した。茶々丸はそれを追いかけ回した。
「茶々丸、こっちこっち。」
今度は、赤神ナナセは駆け足で移動した。茶々丸はその速度に合わせて走り回った。
「おい、ナナセ。いい加減にしろ。」
茶々丸の魅力に取り憑かれた赤神ナナセには、赤神ダイボスの声がまるで届かなかった。茶々丸の度重なる猫ぱんちと齧りつきにより、エノコログサが折れてしまった。
「あぁああ。折れてしもた。」
「にゃあ。」
「なんて可愛い子なん、茶々丸。」
茶々丸は小広間に設置されている、後ろ足で立ち上がった姿の飛竜の骨格で爪を研ぎ、頭蓋骨に登った。
「ちょっと、茶々丸。そんな高いとこ登ったら危ないで。降りてき。茶々丸。」
茶々丸は飛竜の頭蓋骨に座り込み、前足をペロペロとなめ始めた。
「そんなペロペロしてる姿も可愛すぎ。」
赤神ナナセはすっかりのぼせ上がり、茶々丸と二人だけの世界に入り込んだ。
「ほら、茶々丸。」
赤神ナナセは両腕を広げて、茶々丸を受け止める仕草をした。それを見た茶々丸は赤神ナナセの胸に飛び込んだ。赤神ナナセは茶々丸の頭を撫で、背中をさすった。
「んんにゃあ。」
茶々丸は赤神ナナセの腕の中から地面に飛び降り、小広間の壁際に設置された棚の下に潜り込んだ。
赤神ナナセは茶々丸に心の全てを奪われ、一時の間、精神が昇天した。




