第49話 ツバキの休暇
海坊主の島は珊瑚礁で周囲をぐるりと囲まれていた。座礁するため、周囲の海域は大型船が通れず、島にある船は全て小型船だった。テンマは、島というより、海岸線が延々と続いている巨大な砂浜のように感じた。
赤の女王は、まるで道を歩くように、自然に空を飛んだ。風の魔法を発動させている様子はなかった。テンマが注意深く赤の女王を観察すると、彼が身に付けている赤黒い腕輪や脛当てや服の下の胸当てに魔力が込められているようだった。テンマの脳裏に、骨を宙に浮かせることで空を飛ぶシヴァの姿が浮かんだ。それと同じように、赤の女王は身に付けた赤黒い装具を自在に操っているのではないかと、テンマは推測した。
赤の女王は島の中央付近の砂浜に降り立った。ウヅキとサツキの背に乗って飛んでいるテンマとツバキもそれに続いた。真っ白な砂浜に、骨組みは木製で着座部分と背もたれは青い布で出来た椅子が5脚並んでおり、赤の女王はその一つに腰を下ろした。
「どう?最高でしょ。こんな綺麗な海はないって位の美しさでしょう?」
テンマとツバキは、確かに、と声を揃えて同意し、二人とも椅子に座った。
「あああぁぁ。なんだかこんなの久しぶり。」
そう言って伸びをしたツバキは草履と足袋を脱いだ。幅の広い白いズボンの裾を絞っている木製の二つのボタンを外し、裾を膝上までめくって足を放り出した。細りとした足の脛から甲にかけて、髪や腕の鱗と同じ桜色の鱗があった。
「おい、ツバキ。油断しすぎだぞ。」
「ええぇ。だって気持ち良いし。用心棒もいるし。」
ツバキは赤の女王をちらっと見て発言した。赤の女王は慌てて言った。
「いやいや。俺は君達の案内役で、警護するために来たんじゃないよ。」
「何言ってるの?こうして休暇を楽しむ仲なんだから、ある意味、あなたは仲間だし、仲間だから私達のために戦ってくれないと酷いからね。」
「そ、そんな。これ休暇なんだっけ?」
サツキが口先をツバキの肩にもっていった。
「よしよし。ほら、サツキも休暇を楽しもうとしてる。」
「リアさんと交わした約束と違う。」
「リアさんと交わした約束であって、私達と交わした約束じゃないでしょ。それとも何?私がトゲいっぱいの金棒を持った河童に襲われても助けないって、そんな極悪なこと言ってるの?」
赤の女王は、河童じゃない、海坊主だ、と指摘したが聞く耳を持たれなかった。
二人の会話を聴いていたテンマは嬉しさを噛み締めていた。以前は、ツバキがこんな風に半分おどけたような感じでヒトと話をすることなんてなかった。鱗の民以外の者との会話となると、なおさらだった。タタラ達と出会い、少しずつ変化していく妹を見て、一日一日がとても大切に思えた。
突然、空から砂浜に巨大な何かがどんっと降りてきた。テンマは急いで椅子から立ち上がり、その者とツバキの間に進み出た。
「お前ら、飛竜なんか連れて、何してやがる?」
巨体の男は浴衣を着ていたが、上半身は羽織っておらず、鮫肌の灰色の背中に、前面は白色で筋肉質な身体をしていた。瞳孔は縦に長く、全ての歯が鋭く尖っていた。
「今回は休暇らしいよ。」
赤の女王は他人事のように海坊主に伝えた。
「うわっ。本当にトゲトゲの金棒持ってる。」
ツバキは緊張感なく感想を漏らした。
「今日はココナッツミルクはないの?」
海坊主は赤の女王の注文にぴくりと反応し、椰子の木が繁っている方を見て指を4本立てた。
「4つで6000だ。」
「前より高くなってるじゃないか。」
赤の女王が抗議した。
「時価だ。文句たれんな。」
「しかも、こっちは3人だよ。1個多いよ。」
「俺も飲むんだ。場所代として払え。」
三日月刀を腰の帯に携えた二名の半裸の男が現れた。彼らは椅子の隣にそれぞれ設置された木製の台座にココナッツミルクを置き、ツバキ達と少し距離をおいてその場に待機した。ツバキは赤の女王がそれを飲んで、毒が入ってないことを確認してから、自分も口にした。
「美味しっ。」
テンマと海坊主はお互い睨み合ったまま動かなかった。




