第47話 赤の女王の方針
赤の女王はクラングランを訪れた時に、2日間かけて街を散策し、その後、単身で周辺の島を観光していた。
エメラルドグリーンの海に白い砂浜。険しい岩の島に巨大な樹木が聳える島。マングローブが織り成す植物と海と大地の饗宴。海の土地特有の自然環境をたっぷりと堪能した。
いくつかの島で、そこを縄張りとしている海賊やハルピュイアやマーメイドに襲われたり、毒矢を吹かれたり、三日月刀や鉈や銛で身体をぐちゃぐちゃにされそうになったが、特に気にかけることなく観光を続けた。赤の女王は、テチス海における激しい海賊間の抗争を理解していたが、皆、怒りすぎじゃないかなと感じていた。
海賊に限らず、普通のヒトも、仕事や日常生活で他人と関わり合いを持つ中で怒りを顕にすることがあるが、赤の女王はそういった気持ちをあまり共感できないでいた。皆、いったい何に、そこまで腹を立てているのだろうと疑問に感じた。
時折、怒っているヒトに、何故怒っているのか、質問をしてみることがあった。大抵、その質問をされた者はさらに不機嫌となったが、それでも回答してくれたヒトの話を聴いて、怒る理由を明確にすることはできた。しかし、何故、そこまで怒るのかが彼には理解できなかった。
赤の女王には、そういった者達が、自分の気持ちに自分自身が振り回されているように映っていた。あるいは、そういった者達が、悲しさや辛さを怒りに変換することで、自分で自分を不幸にしてしまっているのだと感じていた。赤の女王は、悲しみは悲しみとして、辛さは辛さとして、心の内側に染み込ませておかないと、自分にとって何が大切かの真髄を見失うことになると思っていた。
赤の女王には、この世界にどうでもいい事なんて一つもなかった。しかし、どっちでもいいようなことなら山程あった。どっちでもいいようなことに時間や労力やお金を注ぎ込んだり、どっちでもいいようなことに神経を磨り減らすのは、人生の浪費だと感じていた。彼には一つの心情があった。それは、人生は二者択一である、というものだ。未来への道に複数の選択肢がある中で、自分が一番望んでいる道を選ぶか、どっちでもいいような道を選ぶか、その選択が人生の全てであると考えていた。一番の道は、時に険しく、時に孤独で、達成するために時間や努力や資金が必要であり、何より成就できるか分からないものであるが、赤の女王は必ず一番の道を選択した。一回きりの人生をとにかく精一杯に生きたかった。やるか、やらないか、その選択の積み重ねが今の自分を表しているのであり、全ては自分次第であると考えていた。
そんな赤の女王にとって、観光は生きがいであった。知らない街を訪れて、言葉にならない美しい景色を眺め、素敵な音が響く中、不思議な色の空の下で、美味しい物を食べる。彼にとって、それはとても幸せなことであった。そのような旅を続けて、赤の女王は世界を満喫していたのであった。
テンマとツバキは、市庁舎を出た後、赤の女王と3人で作戦会議を開き、海坊主の島を訪問することにした。海坊主は、リアと犬猿の仲であり、テチス海におけるクラングランの最大の壁と言っても過言ではなかった。
しかし、赤の女王の考えによると、海坊主がテチス海に散在する幾つもの武装勢力の拡大を阻んでおり、海坊主がいなくなると、凶悪な集団が解き放たれるかのように暴れかねないということであった。
「赤の女王は海坊主と面識があるのか?」
赤の女王はテンマの質問に答えた。
「一度だけあるよ。彼の縄張りの砂浜で、大きな日傘を差して、うっとりするような波の音を聴きながら読書をしてると、突然、空から彼がどんっと降りてきたんだよ。トゲだらけの金棒を持ってね。てめぇ何してやがる?と挨拶してきたから、観光してる、と答えた。てめぇなめてやがるのか?と訴えてきたから、俺はただ、美しい場所で素敵な思い出作りをしているだけなんだよと主張したんだ。」
テンマは話の続きをしばらく待ったが、赤の女王の話はそこで終わっていた。
「それで、海坊主はトゲいっぱいの金棒で殴りかかってきたの?」
ツバキが耐えかねて質問した。
「まさか。そんな残酷な事しないよ。お金を払って、彼からスルメイカとココナッツミルクを買って、美味しく味わった。」
テンマとツバキは混乱した。いったい誰の何の話を聴かされているのか分からなくなった。
「まぁ、とにかく、海坊主に会いに行こう。今日はもう遅いし、明日にしよう。明日も天気は良いはずだし、海坊主の商魂に火がついていると思うよ。」
テンマとツバキはますます困惑したが、ともかく明日はウヅキとサツキの背に乗り、海坊主の島へと向かうことにした。




