第4話 世界と身体
たたりもっけは自分だけの身体を得られたことに喜び、にっこりと微笑んだ。そして、5感が正常に機能し、手足を自由に動かせることを確認した。
「あああああ。スピカ。カマキリ。輪廻。涅槃。ちゃんと声も出る。嬉しい。」
鹿の毛皮の部分は服にして着衣し、余った腐肉は暗黒物質に変換後、魂が存在する空間軸に保管し、いつでも肉体として取り出せるようにした。たたりもっけは歌を歌い、自分の足で歩くことを楽しみながら、山林の探索を始めた。しばらく歩いていると、ふと、スピカの母親の結界術のことを思い出した。
「よく考えると、熊や狼、鬼や竜に襲われると大変だな。無防備だし。ひとつ試してみようかな。」
たたりもっけは自身の身体に宿る、有り余る末那を練って、曼荼羅に保存した結界術を発動してみた。突然、たたりもっけの内側から外側に向けて強大な力場が発生し、周囲に聳えていた大木が爆音とともになぎ倒された。
「し、しまった。樹木さん、ごめんなさい。きちんと末那を制御できるようにしなきゃ。」
スピカの格好をして、下手なことをすると彼に迷惑がかかると思い、たたりもっけは身長を伸ばし、スピカの母親の顔と混ぜ合わせた顔だちに変化させ、念のため、乳牛の尻尾を生やしておくことにした。
「よし。これで僕が何をしても、スピカが責任を追及されることはないな。」
たたりもっけは、倒れた大木から、比較的真っすぐな枝を折って、それを槍にみたてて護身用にした。
半年の間、たたりもっけは山に籠り、末那の扱いとそれによる術の鍛錬に明け暮れた。とにかく、身体を思い通りに動かせることがとても幸せだった。たたりもっけにとって、世界と身体は奇跡の産物であった。世界に適応した身体は世界を映す鏡であり、世界の一部であることを悟った。
「世界さん。僕を生んでくれて、ありがとう。」
ある日、たたりもっけが槍術の鍛錬をしていると、弱々しい魂の波動を感じた。それはまるで、遠くの方から和太鼓を叩く音が響いてくるような、微かな振動であった。山林は無数の生物の魂で溢れているにも関わらず、その者の魂の叫びだけが届いてきたことで、たたりもっけは落ち着かない気持ちになった。そのため、発信源へと向かってみることにした。たたりもっけはカラスの姿になって、空を飛んで山を降り、元の姿に戻って麓にある茂みの中を静かに覗き込んだ。そこには、ひどくやせ細った猫がいた。その猫には、尻尾が2本あった。