第38話 茶々丸と分福丸の遊戯
翌朝、起床したツバキは全身の筋肉痛に抗いながら、水瓶に貯めた水を布地に染み込ませて、顔を拭いた。
昨晩は長、タタラ、シヴァ、テンマと共にこの家で夕食を摂った。
タタラに言われたことが気になって、まともにテンマのことを見れなかった。ずっと一緒に行動している兄に対して、これ程、気恥ずかしい気持ちを抱いたのは初めてだった。ツバキは考えることを止め、服を着替えて外に出た。
家の前でテンマとシヴァが並んで立って、前方の広場の方へと視線を向けていた。
「おはよう。兄貴達、何してるの?」
「おはよう。茶々丸と分福丸が魔力の訓練をしているのを観察してるんだ。」
「茶々丸と分福丸?」
ツバキも広場の方を見ると、分福丸が魔力を練っているのが感じ取れた。ツバキは狸が相当な量の魔力を操っていることに驚いた。
分福丸は幻術を発動し、四体の分身を出現させて、五体でぐるぐると小さな円を描いて走り回った後、横一列に並んだ。そして、五体とも同じ動きを見せて、皆同時に後ろ足で立ち上がり、前足を広げた。どれが本物か当ててみて、の合図だった。
茶々丸は五体の分福丸を順番に見て、にゃあ、と一鳴きした後、向かって右端にいる分福丸に尾から出した小さな鬼火の玉を飛ばした。
右端の分福丸は鬼火をぶつけられたと同時に消失し、その隣にいる分福丸だけが仰天して、尻餅を付いてでんぐり返った。茶々丸は一体だけ動いた分福丸の方へと右前足を向けた。
「にゃああん。」
起き上がった分福丸は憤慨し、茶々丸に詰め寄り、抗議した。
「ビィィィ、ビィィィ。」
「にゃあにゃあ。」
その光景を眺めていたツバキは冷たい声で言い放った。
「ふん。児戯だな。くだらない。」
ツバキは顔を下に向けて、家に戻り、後ろ手で玄関の引戸をばたんと閉めた。そして、歓声を上げた。
「きゃああああああぁ。可愛いぃぃぃぃ。」
ツバキは草履をほっぽり出して、玄関を上がり、三歩進んで、片足を軸にくるりと回転した後、床に倒れた。
「何あれ?可愛すぎる。あんなの見せられたら私はもう駄目だよ。うん、私はもう駄目だ。世界の皆さん、私はもう駄目です。」
ツバキは身体を丸めて、左右にゴロゴロと転がりながら言った。
「茶々丸可愛い。あのふわっふわな尻尾をもふもふしたい。分福丸可愛い。あのぷくっとしたお腹をさすさすしたい。茶々丸、分福丸、茶々丸、分福丸。」
ツバキは少し落ち着きを取り戻し、仰向けになった。
「兄貴もシヴァも、あの光景を見て、なんであんなに平然としてられるんだろう。信じらんない。あのヒト達の神経は針金かなんかで出来てるんじゃないかな。うん、きっとそうだよ。兄貴は子供の頃、捕った川魚を生のまま齧りついてたし、シヴァは眼付きが鋭くて、なんか骨をガシャガシャとさせてるし。だから、あのヒト達の神経が針金で出来ていたとしても、仕方ないよね。あああ、茶々丸と分福丸と私の三人きりになれないかなぁ。」
広場では、茶々丸と分福丸が並んで結界術の訓練に入っており、シヴァとテンマは引き続き、その様子を観察していた。
「なぁ、お前の妹、独り言の声がでかくないか?」
「まぁ、そうだな。」
「誰が神経、針金で出来てんだよ。」
「そうだな。」
「兄貴として、あれ、どうなんだよ。」
「どうもこうもない。ああいうのが、妹の可愛い所なんじゃないか。」
「うわっ、やっべぇ。兄妹そろって、やっべぇ。」
シヴァは大きくため息をついた。




