表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dear World  作者: 山波 孝麻
第1章 たたりもっけと餓者髑髏
37/252

第37話 自分の命よりも大切なヒトの人生が世界の中心であるということ

 ツバキが目を覚ますと、見慣れた自室の天井(てんじょう)が視界に入った。木造の藁葺(わらぶ)きで、黒く染まった(はり)に小さな蜘蛛(くも)がすたすたと歩いているのが見えた。


 夕暮れ(どき)のぼやけた(あか)い光が窓から射していた。隣の囲炉裏(いろり)のある部屋で誰かが話をしている声が聞こえた。それはまるで自分のいる世界とは異なる空間から響いてくる異国の言語のようであり、ひどく幻想的な音として感じられた。


 (しばら)く、思考せずに、ただ天井の蜘蛛(くも)を見つめ続けた。ふと、身体が重いことに気付いた。強力な磁力(じりょく)の反発力によって、床に押さえつけられているかのような圧迫感が全身に及んでいた。


 その時になって初めて、(むし)との戦闘を思い出した。ツバキは腹筋(ふっきん)に加えて、(てのひら)を床に付け、(うで)の力も合わせてゆっくりと上半身を起こした。いつの間にか、隣の部屋から会話が聞こえなくなっていた。木戸(きど)をコンコンと叩く音が響いた。


「タタラです。入っていいかな。」


「どうぞ。」


タタラが静かに戸を開けた。


「調子はどう?大きな外傷は無かったけど。」


「凄く疲れたけど、むしろ、すっきりした感じ。心地(ここち)の良いしんどさ。あんたはどうなの?あんな大爆発を起こす魔法を発動させて、心臓を(つらぬ)かれて死んで、(へび)や竜に変身して、あの赤神家(あかがみけ)の者を倒して。こうして言葉にすると、何だか滅茶苦茶(めちゃくちゃ)な話だよね。でも、実際にあんたはそれをやった。」


「そうだね。」


 タタラは(たたみ)に腰を下ろして、話し始めた。


「実はさ、シヴァが君達兄妹にすっかり()れ込んでいるんだよ。それに、僕も。君達をこの(うろこ)(たみ)の村に連れ帰った時、君は熟睡(じゅくすい)してた。そこへ、君の飛竜がやって来て、口元で君の肩に触れて、心配そうに匂いをくんくんと()いで、君のそばから離れようとしなかった。この家に君を運び入れた時に、その飛竜も入ろうとした位だからね。引き離すのが大変だったんだよ。それで、僕は、ああ、君達は飛竜と本当に良い関係を築いているんだなと思った。そんな君達にさ、是非(ぜひ)ともマドリーナ王国の国造(くにづく)りを手伝って欲しいって思ったんだよ。君のお兄さんに声をかけたら、俺は妹と一緒にいるから、妹にも聴いてくれと言われたんだ。」


国造(くにづく)りって言ったって、そんなの私には出来ないよ。私に出来るのは悪党を倒すことだけ。今までも、今も、これからも。私達兄妹はそのためだけに双剣を振るい、(うろこ)を敵の血で染めてきたんだ。」


「それで十分だよ。悪い(やから)を倒せるだけの力と覚悟を有しているヒトは、そうはいない。」


 タタラは少し言いにくそうに、上目遣(うわめづか)いでツバキに言った。


「ただ、一つ、今の君の発言で気になったことがあるんだ。君達は悪党を倒すために、これまで、血を浴び続けてきわけじゃないよ。」


ツバキはムッとして、少し語気(ごき)を強めて反論した。


「そんなこと、なんであんたが決めつけるんだ?本人である私が言ってるんだ。私達兄妹は、悪党を破滅させるために、戦ってきたんだ。」


「君はそうなんだろうね。でも、君のお兄さんは違うんだよ。」


ツバキは(まゆ)をひそめて、(つぶや)くように言った。


「兄貴は、違う?」


タタラは、声の音調(おんちょう)を低くして、静かに、語りかけるようにツバキに伝えた。


「君達のご両親が亡くなられたことを聞いたよ。そして、弟さんのことも。」


「やめて。」


しんとした空気が二人の間に流れた。タタラの言葉でツバキの心にシュレイの姿が鮮明に浮かんだ。



赤ちゃんで、身体のどこを触ってもふわふわしていたシュレイ。


元気で明るくて、走り回っていたシュレイ。


飛竜にご飯をあげようとして、舌で(ほほ)をベロンと()められたシュレイ。


(やまい)に倒れ、()()が止まらず、苦しむシュレイ。


歩くことも、立ち上がることも、上半身を起こすことすら出来なくなってしまったシュレイ。


そして、永遠の眠りについたシュレイ。



 途端(とたん)に、ツバキの胃腸はぎゅっと締め付けられ、全身に悪寒(おかん)が走った。たまらなく悲しい気持ちになり、じわりと涙が目に(あふ)れた。


「君は、弟さんことを心底、愛していたんだね。なくてはならない存在だった。そして、弟さんが亡くなって、君は心の支えを失った。」


ツバキは何も言わず、下を向いた。シュレイのことを想うと、少しも抵抗は出来なかった。


「でもね、君は一つ、とても大事なことを忘れているよ。」


「何?」


「君のお兄さんも、君に負けない位に弟さんのことを愛していた。お兄さんは弟さんを救えなかったことに、何度も何度も、何度も何度も何度も自分を責めた。家族を守れない自分など、この世界から消えてしまえと、今でも思ってる。」


ツバキは声が震えてしまわないように、慎重に、ゆっくりと、小さな声で言った。


「そうだ。だから私達兄妹は、弟が生きたかったこの世界で、外道(げどう)を働く連中が許せないんだ。」


タタラはしっかりとツバキを見て、自分の気持ちを乗せて、事実を伝えた。


「でもね、君のお兄さんは弟さんと同じ位に、君のことも愛しているんだよ。」


ツバキは顔を上げて、目を見開いた。


「自分の何もかもを注いで、君を守ると、亡くなられたご家族に誓いを立てている。君が傷を負ってしまわないように。君がこれ以上、不幸になってしまわないように。君がいつか絶望から立ち上がれるように。君がいつか幸せになれるように。そのために、そのためだけに、お兄さんはこれまで君のそばにいて、双剣を振るい、敵の血を浴び続けてきたんだよ。」


 ツバキの目からすっと涙がこぼれ落ちた。両膝(りょうひざ)を立てて、(ひたい)をその(ひざ)に当て、両腕で足を抱え込んだ。ツバキは泣いた。声を立てずに、身体を震わせて、静かに泣いた。


 話を終えると、タタラは辺りに(かえる)の声が響いていていることに気が付いた。時折、往来を行く人々の声と、飛竜の()える音が交じった。夕日は空を(あか)く染め、バルプロ山脈の山影(さんえい)を黒く際立たせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ