第34話 空一面に炎が広がる3つの事例
閃光と爆炎が周囲に満ち、バルバレイも、結界を解いた近衛兵らも地面に伏せた。骨格が張った結界により、バルバレイらに衝撃は届かなかったが、轟音と地響きにより、どれだけ規模の大きい爆発であったかは感じ取れた。
バルバレイが眩しさの中で、ちらりと上空を目視で確認すると、炎の波が空一面に駆け抜けていく様子が捉えられた。それは、バルバレイがかつて文献で読んだ3つの事例を想起させるものであった。
1つ目は、エル大陸の天使の戦士団がヨミ大陸の悪魔軍団を殲滅させたメギドの焔。
2つ目は、無尽蔵に魔力を吸収し、その全てを一度に放出して大爆発を起こす古代の宝珠 魔硝石。
3つ目は、パンゲア大陸の魔法使いがおよそ百人がかりで一度だけ発動に成功させた究極魔法 火生三昧。
5人の近衛兵は蟲を焼き尽くした術者がこちらに向かって降りてくるのを茫然と眺めた。ただ一人、バルバレイは立ち上がり、兵達の前に出て結界の端まで歩き、その者が降臨するのを待ち構えた。
バルバレイが術者を近くで見ると、十代後半の、髪が肩付近まで長さのある、中性的な顔をしたひょろりとした男だった。その者は、想像を絶する威力の魔法とは対照的に、ひどく物腰柔らかな口調で声をかけてきた。
「無事でしたか。何よりです。」
「貴公の魔法で助かった。礼を申す。我はバルバレイ領の領主、ナウゼラ・バルバレイである。」
「これは領主殿でしたか。私はマドリーナ王国国王、タタラ・マドリーナと申します。」
バルバレイは目を見開き、驚いた。ヨミ大陸において、王を名乗る者などいるはずがないと思い込んでいたからだ。
「マドリーナ王国とは?」
タタラは元領主の竹虎の死と王国建国の概要をバルバレイに話した。
「バルプロ山脈の飛竜にカゲツノハムシによる被害が出て、調査した結果、貴殿の領地より蟲が飛来していたことを突き止めました。それで、この地に侵入させていただきました。あなたが方に対して私に敵意はございません。」
タタラはヒトの骨格の周囲に展開していた結界を解いた。
「そうか。我が領地の被害は甚大だ。領地中の兵士を集めたが、生き残った者はこの者達だけだった。」
そこまで言うと、バルバレイは心の中でしまったと思った。驚くべき状況の連続で頭の回転が鈍り、他国の者に言わなくていいことまで話してしまったからだ。兵士不在を知られてしまっては容易に侵略を許してしまう。しかし、あれだけの魔法を行使できるのなら、万全の態勢であろうと同じか、とも思い直した。
タタラはマドリーナ王国で捕縛された櫂鳴のことをバルバレイに話した。
「その者は決して今回の首謀者ではありません。蟲に指示を出したり、操ったりもしておりません。」
「その者の話を聴きたい。そして、罪があるか審議したい。我が領地の司法に則ってな。身柄を引き渡してはいただけないだろうか。」
タタラは少し考え、条件を出した。
「彼を聴取する際、拷問や危害を加えるようなことは一切しないで下さい。裁判の結果、処刑や国外追放となった場合は、マドリーナ王国が彼を引き取ります。これらをお約束されるなら、彼の身柄を貴公に引き渡します。」
「分かった。領主の名をもって約束しよう。」
「では、約定の印として。」
タタラはバルバレイに握手を求めた。バルバレイはその握手に違和感を覚えた。誓約をなんらかの形で記録する魔法的な儀式に感じ取れた。ただ、捕らえられている者の話を聴けば、再発防止に繋がるかもしれないし、タタラの申し出を破るつもりもなかったので、握手に応じた。タタラはにっこりと笑い、それではご案内します、と言った。
タタラは暗黒物質から骨を作り出して、先に出現させていた骨格と合わせて、屋根のない四角い枠組みを形成させた。そこに乗り込むようにバルバレイ達を誘導し、骨の床に皆、座り込んだ。骨の枠組みはふわりと宙に浮いて、南へと移動を始めた。
バルバレイと近衛兵はもう驚くことに疲れ、口を開かず、ただ骨の枠にもたれて身体を休めた。バルバレイは、ふと、竹虎のことを思った。
そうか、あいつは死んだのか。嫌な奴だった。国を治めることに大した考えはなく、ただ領地を拡大することで、自己顕示欲を満たしたいだけの阿保だと思っていた。バルプロ山脈という物理的な国境がなければ、バルバレイ領にも侵攻していただろう。ただ一つ、ヨミ大陸の一地域で頂点に立つ者だけが持つ覚悟だけは認めていた。寿命を全うできる者はいないのだ。嫌な奴でも、死と隣り合わせに生きる日常は苦しくもあっただろう。それには同情できた。
「おかしい。末那がぶつかり合っている。」
タタラの発言に、バルバレイは顔を上げて聞き返した。
「何がぶつかり合っていると申した?」
「双竜兄妹が正体不明の者と戦闘している。速度を上げるで注意して下さい。」
タタラの号令に、皆、骨で出来た枠の縁に掴まった。




