第31話 王の参戦
シヴァは立ち上がって、五つの眼を開いた。ツバキとテンマはそれらの眼を凝視し、ぽかんと口を開いた。
「この街にいた蟲の三割位の数の蟲が、東の林の中に潜んでやがる。すでに、何匹かこっちに向かって飛んで来てる。」
テンマが乾いた声で言った。
「こっちに来んな。俺はもうしんどくて動けないんだ。」
シヴァはテンマを見て、にやりとした表情で言った。
「さらに、北側には、ここにいた数の二、三倍の蟲がいやがるぜ。さすがに、それで全部みたいだがな。」
「そうだ、忘れてた。俺達、朝ごはんを食べてなかったから帰るわ。」
シヴァはテンマに冷たい視線を送った。ツバキの方に眼を向けると、ツバキはしれっと視線を反らした。
「そういや、あんたが捕縛していた男はどうなったんだ?」
テンマの質問にシヴァが返答した。
「蟲の山の向こう側にいるよ。骨で囲いを造ってその中にいる。戦闘中に観察してたけど、蟲は、やはりあの男を襲おうとしなかったな。ところで、東の森の蟲が全部飛び立って、こっちに来てるぜ。」
テンマとツバキは骨の座椅子から立ち上がろうとしたが、全身に力が入らず、諦めて座り直した。
「待て。バルプロ山脈の方角からも何かが来てる。なんだ、ありゃ。」
シヴァが眼にしたのは、通常の飛竜の三倍程の大きさの巨大な竜が優雅に飛行している姿だった。ほとんど羽を羽ばたかせず、大きく開いた羽で風に乗って滑空していた。シヴァ達に気付いた竜は羽をたたんで空気抵抗を最小にし、カゲツノハムシの飛行速度とは比較にならない程の速さで廃墟となった街に降りてきた。
ツバキとテンマは呆然と竜を眺めた。竜は首に大きな皮袋をさげており、頭を降ろしてそれをゆっくりと地面に置いた。皮袋がもぞもぞと動き、茶々丸と分福丸が同時に顔を出した。
「おおっ。お前達も来たのか。」
茶々丸と分福丸は皮袋から飛び出し、シヴァに駆けよった。
「よしよし。それじゃあ、この竜はタタラか?」
テンマはシヴァに、この竜を知ってるのかと聞いた。シヴァは、マドリーナ王国の国王だと答えた。
「国王?」
「そうだよ。タタラ、これまでの経緯を話すと長くなるから。」
そう言って、シヴァはタタラに手を差し出した。タタラはシヴァの手を取って、彼女の魂を読み取った後、いつものヒトの姿に戻りテンマとツバキに向き直った。
「初めまして、マドリーナ王国、国王、タタラ・マドリーナと申します。」
テンマとツバキは変身したタタラに驚愕しつつ、恐る恐る名を名乗った。
「蟲退治、お疲れ様でした。今はゆっくりと身体を休めて下さい。シヴァもお疲れ様。かなり末那を消耗したみたいだね。」
「元々、鱗の民に建国とタタラの即位の知らせを届けに行くだけだったからな。戦闘用に十分な骨を用意してなかったんだ。」
「これからは、すぐに骨を用意出来るように対策しなきゃね。」
タタラは魂が存在する空間軸から貯めておいた暗黒物質を取り出し、奥義 受肉改変で三頭分の飛竜の骨に変化させ、どさりと置いた。
「おおっ。さすがタタラ。気が利くね。これだけありゃ、もっと楽に蟲退治できたのにな。」
シヴァはエネルギーを骨に注入し、一頭分の骨を分解して骨の鎧を纏い、大きな鉤爪を両腕に装着した。余った骨で一本の薙刀をこしらえた。残りの二頭分の骨は、飛竜の骨格をそのまま保持し、骸骨竜として神通力で自在に操ることにした。
タタラはシヴァが築いた蟲の山の向こう側へ移動し、櫂鳴と向き合った。櫂鳴は、蟲の死骸を見ないように、眼をつむり下を向いて座っていた。タタラが姿を現すと、ようやく顔を上げた。太陽がちょうどタタラの頭で隠れ、後輪が差した。逆光によってタタラの顔が暗く映った。タタラは何も言わず骨の囲いの中に腕を入れた。
櫂鳴は突然現れた静かな男の瞳を見つめた。それは何もかもを吸い込んでしまいそうな奈落を感じさせたが、威圧的な眼差しではなかった。櫂鳴もまた何も言わず、タタラの掌に手を乗せた。
タタラは櫂鳴の痩せ細った手を握り、第8感の阿頼耶識で櫂鳴の魂の深層まで知覚した。タタラは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「あなたはこれからどうしますか?」
「分からない。もう何も考えたくはないのです。」
タタラは櫂鳴の手を離し、その場を去った。
シヴァ達の所へ戻ったタタラは、北の蟲の群れを相手にしてくると言い、シヴァ、茶々丸、分福丸にテンマとツバキを守りつつ、東の森から来る蟲の迎撃を依頼した。
タタラは背中に竜の羽の骨格を造り出し、宙を飛んで北進した。




