第30話 救いの使者
双剣を失ったツバキは、両腕に風の魔法、風魔を宿し、手刀で蟲を薙ぎ倒していった。剣の刃が欠け、やがて折れたように、鱗があるとは言え、両腕も同じ経過を辿ることは明白であったが、ツバキは無心に舞い続けた。
暫くして、腕が上がらなくなり、足がもつれ、ツバキは転倒した。しかし、蟲が襲ってくる気配はなかった。蟲で覆われていた視界がいつの間にか廃墟となった街の風景を映し出していた。
ツバキは立ち上がる力が残っていないことに気付き、仰向けに寝転んだまま、首だけを動かして周りを確認した。地面は蟲の死骸だらけで、自分もまた蟲の死骸の上に横たわっていた。顎を上げて頭の後方へ目をやると、蟲の死骸が山となっている箇所があり、その頂上付近では、何者かが、まだ蟲とやり合っていた。その付近で飛んでいた蟲が一匹、ツバキに気付き、ツバキの方へと向かってきた。
「身体がピクリとも動かせない。私、死ぬのかな。」
乾いた声でツバキが呟いた。蟲が大きな顎を左右に開くのが見えた。ツバキは全身で風の魔力を練り、首の動きだけで蟲にめがけて風魔を放った。しかし、勢いが弱く、ゆらりとした風が蟲に向かって吹いたのみで、効力はなかった。蟲がツバキの頭を齧ろうとした刹那、飛び込んできたテンマが手刀で蟲を潰した。テンマはそのままツバキにどさりと覆い被さった。
「兄貴。ありがとう。」
「お前を守るためなら、何だってやるさ。」
「妹想いなのは分かったからさ、ちょっとどいて。重いよ。」
「すまん。もう動けそうにない。蟲はまだ少し残っている。このまま、お前の蓋になってやるから。」
「兄貴、私は鍋じゃない。」
「じゃあ、お前の楯になってやるから。」
「兄貴、私は騎士じゃない。」
「じゃあ、お前の蜜柑の皮になってやるから。」
「兄貴、私は蜜柑じゃない。ねぇ、最期の会話がこんなのでいいの?」
「最期なんて言うな。俺たちはこれからも二人で双竜兄妹だ。」
「お前らな、こんな蟲の死骸だらけの所で、何兄妹でいちゃついてんだよ。」
現れたシヴァの姿を見て、テンマは心の底から安堵した。シヴァが骨の手でテンマを掴み、続けてツバキを掴んだ。
「ここらにいた蟲はやっつけたぜ。お前ら、二人ともなかなかやるじゃねぇか。この局面を生き残るなんてな。」
テンマが蟲の死骸の山を見て、シヴァに聞いた。
「あれは、お前が一人でやったのか?」
「まぁな。」
死骸の山は、テンマとツバキが倒した蟲を合算して、それを二倍にしても足りない大きさであった。
「何者なんだ?お前は。13柱の悪魔か?」
「そんな洒落たもんじゃねぇよ。言ったろ?私はマドリーナ王国の国防大臣だってな。」
シヴァは骨で座椅子を二つ造り、テンマとツバキを座らせた。自分は巨大な骨の腕で蟲の死骸を吹き飛ばし、地べたに大の字になって寝転がり、一息ついた。
幾千もの蟲の羽音が織り成す轟音が、まるで夢だったかのように、静寂が辺りを覆っていた。蟲の嵐は消え去り、跡には地面を覆い尽くす黒色の亡骸と、濃い樹液のような鼻に刺す匂いが残されていた。
シヴァは軽く目蓋を閉じて、廃墟と化した街に残るエネルギーを探った。
「建物の中に、蟲に喰われずにすんだヒトがいるようだな。」
シヴァはちらりと双竜兄妹を見た。二人は疲れきった顔をして、微動だにしなかった。
「お前達が救ったんだぜ。ちったぁ、嬉しそうにしろよ。」
ツバキが答えた。
「私達は救ってない。私達は蟲を殺しただけだ。」
「いいや。お前達が救ったんだ。お前達がなんて言おうと、どういう想いであろうとな。誰かの人生を救い、その誰かの子孫は、今日、お前達の働きで命を繋いでいくんだ。」




