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Dear World  作者: 山波 孝麻
第1章 たたりもっけと餓者髑髏
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第3話 3つの奥義

 少年の名はスピカといった。スピカの父は筋骨隆々の大柄(おおがら)な男で、乳牛と鶏の飼育に精を出す(かたわ)ら、毎日、槍術の鍛錬を欠かさなかった。スピカの母は小麦の栽培に携わる一方で、結界術の訓練を日課としていた。スピカの父と母は、頭と体の背面に枯葉色(かれはいろ)の長いたてがみがあった。たたりもっけはスピカの両親にも憑依し、二人の魂に触れた。槍術と結界術を曼荼羅(まんだら)によって魂に保存すると同時に、記憶を読み取った。


 二人の間には子どもはできなかった。いつ生まれてきてもいいように、子どもの服を縫い、子ども部屋を用意し、いくつもの玩具(おもちゃ)を準備した。しかし、想いばかり募って、子どもは宿らなかった。そんな折、孤児(こじ)であるスピカと出会い、家族となった。二人はありったけの愛情をスピカに注いだ。危険な黄泉の大陸で息子を守り、育て、幸せにするために、強くあり続けると心に誓っていた。


 たたりもっけは、何より、食事の時間が待ち遠しくなった。パンと牛乳、それに卵料理が主な食事だった。香りと味は、1万数千年貯めこんだ曼荼羅の知識より、1回の経験が勝った。食事はたたりもっけにとってこの上ない喜びとなった。


 たたりもっけはスピカとその両親から生きていくための技術と考え方を学び、命の尊さと愛を教わった。たたりもっけの心はこの家族に対する感謝の気持ちでいっぱいになった。スピカ達に憑依したことで、自身の魂の在り方を理解することもできた。


 ヒトを含め、生物の魂には膜のようなものがあって、それが肉体と融合していた。肉体が本来の機能を失うと、その膜が崩壊する。それにより魂が世界に拡散し、死が訪れるのだ。しかし、たたりもっけの魂には膜がなかった。それでも、魂が拡散しないのは、たたりもっけの魂が途方もなく長い年月をかけて濃縮されたことにより、中心に強力な引力が発生していたからであった。


 たたりもっけは自身の魂の在り方を知ることで、自分が消えてしまうんじゃないかという幾ばくかの不安が解消された。それからというもの、たたりもっけは奥義 憑依進化(ひょういしんか)によって、迷いなく次々に周囲にいた牛や鶏、カマキリやミツバチ、蜘蛛(くも)(へび)、小麦や落花生にも憑依し、それらの生体情報を読み取り、奥義 曼荼羅(まんだら)によって、それらの情報を魂に刻印していった。


 ある晩、スピカの父は、息子が寝静まった後に、妻に語りかけた。


「不穏な噂を聞いた。どうも領主がいなくなったらしい。」


 妻は驚き、眉をひそめ、聞き返した。


「いなくなった?どういうこと?」


「ここ数箇月、誰も姿を見ていないんだよ。隣の村の住人も、その隣の村の住人も、誰も領主を見ていないらしい。」


「もしかして、餓者髑髏(がしゃどくろ)と関係があるの?」


「分からん。でも、討伐隊が編成されて、今なお餓者髑髏が街道脇に居座っていることを考えると、返り討ちにあったのかもしれない。」


 この時、たたりもっけはスピカの母の方に憑依していた。夫の話を聴いて、彼女の胸に不安が広がり、スピカのことが心配でたまらなくなった気持ちがたたりもっけに伝わってきた。領主がいなくなったのが事実であれば、誰かがその座を狙って争いになる。戦争に巻き込まれるかもしれないし、領主が変われば、辺り一帯の統治の仕方も変わり、今まで通りの生活を送ることができなくなるかもしれない。


 たたりもっけは、今度はスピカの父に憑依した。スピカの父は、餓者髑髏について考えていた。スピカ達の村から西方に領主の住まう領都があり、その付近の街道に、骨だけで動く化物が目撃されていた。退治に向かった者達が撃退され、いつしか周囲は骨の山となり、地獄嶽(じごくだけ)呼称(こしょう)されるようになっていた。この影響で、スピカ達の村への人の流れも希薄となっていた。


(領主の不在に餓者髑髏か。よし。僕が何とかしよう。)


 たたりもっけは、スピカの家族への恩返しを決意した。


 翌日、スピカの父は乳牛の搾乳のために朝一番に家を出た。牛舎に向かう途中、たたりもっけは柵の上できょろきょろと周囲を見回すカラスを捉えた。


(しめた。鳥に憑依できるチャンスだ。)


 たたりもっけは直ちにスピカの父から抜けて、カラスに憑依した。蜂に憑依した時に空を飛ぶ感覚を楽しんだが、速度は遅かったため、これまで、鳥に憑依できる機会をずっと伺っていたのだ。たたりもっけがカラスの魂に触れ、肉体情報を曼荼羅によって保存していると、突然、カラスは翼を広げ、飛び立った。


(あっ、しまった。カラスさん、あんまり遠くへ行かないでね。戻ってくるのが大変だから。)


 しかし、たたりもっけの想いとは裏腹に、カラスはぐんぐん、ぐんぐんと高度を上げて、飛翔を続けた。


(ああっ。スピカ、スピカのお母さん、お父さん、今までありがとう。いつか、必ず戻ってきて、きちんとお礼を言うよ。)


 カラスがようやくとまった先は、スピカ達の村とその隣の村との間にある山林であった。カラスは、木の枝にとまり、周囲を見回し、近くの枝に移って、また周囲を見回すといったことを繰り返した。そして、お目当ての物を探し当て、地面に降り立った。そこには、立派な角が生えた大きな鹿の亡骸(なきがら)が横たわっていた。カラスは腐肉をついばみ始めた。


(ようやく、この時がやってきた。上手くいくといいけど。)


 たたりもっけはカラスから鹿の亡骸に移った。途端に、暗闇に閉ざされ、しんとした無の世界に包まれた。それは、これまで知覚してきたどの感覚とも異なり、まるで、何もない宇宙の外側に放り出されたかのような虚無感で覆われていた。たたりもっけは、末那(まな)を練り、魂を鹿の亡骸に同化させた。そして、曼荼羅によって保存していたスピカの生体情報を全身に組み込ませた。死肉を(むさぼ)っていたカラスは、(しかばね)が突然(うごめ)き、人間の少年へと変貌する様子を見て、戦慄し、慌てて飛び去って行った。


(よし。やったぞ。奥義 受肉改変(じゅにくかいへん)の成功だ。ふふん。)



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