第29話 自分の命よりも大切なヒトが死んでも人生は続いていくということ
ツバキは双剣を抜き、風の魔力を練って風魔を発動し、それを剣に宿らせ、剣撃を蟲に放った。風の刃が蟲の群れを両断した。ツバキは風魔を全身に宿し、両断して空いた隙間からふわりと大地に降り立った。その瞬間、四方八方から蟲がツバキに、わっと迫った。
ツバキは、まるで舞を舞うかのような足取りで、双剣を鮮やかに操って蟲を切っていった。カゲツノハムシの外骨格は決して柔らかくなかったが、風の魔法、風魔を宿したツバキの双剣は、分厚いカゲツノハムシの身体をまるで豆腐のように切っていった。
次第に、蟲の死骸で地面が覆われていったが、ツバキの舞は死骸の上でも、衰えることなく繰り広げられた。
ツバキの鱗は背中の肩甲骨から肩を通り、手の甲までの腕の外側を覆っている。鱗の延長線上にある双剣はまるでツバキの身体の一部のようであり、美しい見事な剣舞によって、蟲は切られたことさえ自覚できない速さで命の灯火を消していった。
その間、ツバキに一切の妄念はなく、研ぎ澄まされた集中力と動体視力は蟲の動作を遅く感じさせた。
しかし、蟲の数はツバキの魔力の量を凌駕していた。徐々に双剣の刃が欠けていった。切れ味が悪くなると、その分、力を込める必要も出てくるため、ツバキの体力と握力が激しく消耗していった。
そして、ついに剣がぼきんと折れた。暫くして、カゲツノハムシの顎で二本目の剣も折られた。どちらにしても、これ以上、ツバキに剣を握る力は残っていなかった。それでも、ツバキが恐怖を感じることはなかった。
鱗の民の村では、風魔を発動させ、どこまで高く空に昇れるか、競い合う風習があった。足に風の魔力を凝集させ、階段を駆け上がるように、空を翔る。大事なのは、地表に戻ってくる時の魔力を温存しておかなければならないことだ。そうでないと、墜落死してしまう。
弟のシュレイを失って以降、ツバキはこの競技で誰にも負けたことはなかった。
ツバキは誰よりも高く翔昇った。返りの魔力のことなど考えなかった。戻ってくることなど考えなかった。弟の魂が天に昇っていったなら、それをどこまでも追いかけて行きたかった。
シュレイが産まれて間もなく、母親が他界した。出産後、出血が止まらなくなり、最期まで諦めなかったが、体力が尽きた。
悲しみに暮れていたツバキは赤ちゃんのシュレイの柔らかな頬を人差し指でつんつんした。すると、シュレイは小さな手でツバキの指をギュッと握った。握ったまま離さなかった。
その瞬間、ツバキは思った。私がこの子を守るんだ。
その数年後に、父親も亡くなった。魔法を操る野生の強力な飛竜に襲われたのだった。それからというもの、ツバキとテンマはシュレイの姉であり、兄であると同時に、母であり、父となった。
シュレイは十歳の時に病に倒れた。寝込み、食事をしても吐いた。みるみる痩せ細っていった。ツバキとテンマはバルプロ山脈に散在する鱗の民の村を駆け回り、何人もの医者に看てもらい、生薬を処方してもらった。しかし、シュレイの容態が回復することはなかった。ツバキは枕元で何度も何度もシュレイに声をかけた。
「元気になったら、また一緒にお姉ちゃんと飛竜に乗ろうね。風魔の練習も手伝ってあげるよ。美味しい物をお腹いっぱいに食べさせてあげるからね。」
シュレイはにこっと微笑んで、力なく言った。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
「私はシュレイのことが大好きだからね。」
晩秋の肌寒い朝、シュレイは起きることなく、そのまま永遠の眠りについた。
ツバキは三日三晩激しく泣いた。
声が枯れる程、叫び続けた。
村中にツバキの慟哭が響いた。
大量の涙と共に、自分の半分がシュレイと共に失われたことを感じた。
どれだけ弟が大事だったか。
どれだけ弟を愛していたか。
自分が弟のそばにいてあげていたつもりだった。
しかし、実際はその反対だった。
弟が、ずっと、自分のそばにいてくれていたのだ。
その真実に、ツバキは打ちのめされ、立ち上がることができなくなった。
シュレイが死んで数箇月経った頃、村に賊が侵入し、飛竜の卵が盗まれる事件が起きた。それまで、陰鬱な毎日を送っていたツバキは激昂した。
弟が生きたかった世界。弟が幸せに過ごしたかった世界。ツバキにとっては、その世界が外道であってはならなかった。
ツバキは賊を探し当て、殺害した。殺人は初めての経験であり、初めて返り血を浴びた。その時、シュレイの死によって失われた心の半分に闇が滑り込んだ。
それ以来、ツバキは、命の危機に際して生物が当然持ちうる恐怖を感じなくなった。




