第28話 死に至る戦い
シヴァは山頂の比較的平らで広い場所に移動して腰を下ろし、鱗の民を待った。一人は群青色の髪と鱗の男性で、もう一人は桜の花びらのような淡い赤色の髪と鱗の女性だった。二人をそれぞれ乗せた二頭の飛竜はシヴァの前で降り立った。シヴァは立ち上がって言った。
「鱗の民の戦士か?」
テンマが返答した。
「そうだ。俺はテンマ、こっちは妹のツバキだ。長から聞いた。お前が国防大臣か?」
「ああ。」
「その飛竜はどうしだ。何故、掴んだままにしている?」
「蟲に齧りつかれていたんだよ。血が出てる。このまま放していいのか、お前達の村に戻って、治療した方がいいのか分からなくてな。」
双竜兄妹は飛竜に近づき、傷口を確認した。ツバキが答えた。
「この程度なら問題ない。その内、血が固まって、皮膚も鱗も再生する。」
それを聴いたシヴァは静かに巨大な骨の腕を開き、飛竜を放った。飛竜は数歩移動して、飛翔できることを確認するかのように羽を羽ばたかせた。そして、羽をいっぱいに広げて風を掴み、飛んで山を降っていった。
「そのヒトは誰なんだ?首謀者か?」
テンマの質問にシヴァが答えた。
「首謀者ってわけじゃねぇけど、無関係ってこともない。こいつが育てていた一匹のカゲツノハムシが増殖して群れと成したらしい。くわしく聴取する必要があると思って拘束してる。」
「そうか。それで、お前はこれからどうするつもりだ?」
シヴァはバルバレイ領の方角へ顔を向けた。
「私が国防大臣だって知ってるってことは、マドリーナ王国建国の話は聞いたようだな。今、この国に、とりわけ鱗の民の村に危機が迫ってる。蟲の群れが山脈を越えると飛竜もヒトも国も被害は甚大だろう。だから、山脈の向こう側でけりをつける。これから行って来らぁ。」
シヴァは飛竜を掴んでいた方の巨大な腕の骨を分解し、鳥の骨格を形成した。その光景に双竜兄妹は目を見張った。シヴァは櫂鳴を握ったまま鳥の骨格に座り、空中に上がった。
「待って。私も行く。」
「ツバキ。」
テンマは妹の腕を取り、制止した。シヴァはツバキに忠告した。
「兄貴がお前を止めるのも無理はねぇ。街を覆う程の数の蟲だぜ。その一匹一匹が飛竜の鱗を喰い破る顎を持ってる。そんなもん相手にしたら、肉片も残らねぇぜ。」
「じゃあ、あなたはどうなの?」
「私は国防大臣なんだ。国王に、この国に遣えてるんだよ。それに、仮に肉片が残らなくたって、私は死なないんだよ。」
「私は鱗の民の戦士だ。バルプロ山脈を死守する役目を負ってる。だから、私も行く。」
ツバキは飛竜に跨がり、バルバレイ領へと飛んだ。シヴァはそれに続いた。テンマは眉間に深い皺を寄せ、厳しい表情でツバキの後を追った。
テンマは鳥の骨格に座って飛んでいるシヴァをちらりと見た。出鱈目な、強大な魔力を感じた。テンマは、自分がすでに旧領主の竹虎を凌ぐ力を持っていると考えていたため、鱗の民の先代の長の仇をとると同時に、領主になるつもりでいた。しかし、目の前を飛んでいるシヴァはまるで化け物のようであった。テンマは目標が遥か高い位置に上がったことに、ため息をついた。ただ、その目標に挑むことさえ出来なくなるかもしれない事態が迫っていた。
目標よりも、大事な家族を守る、それがテンマの使命だった。
「ツバキ。俺はどうなってもいい。お前だけは絶対に死なせない。」
テンマは小声で、そう呟いた。
先頭を飛ぶツバキは、前方に見える大地がもぞもぞと不気味に波打っている様子を視認した。それはまるで生きた地上絵が星を喰い潰しているかのようであり、一度飲み込まれると、到底生きては戻れないであろうことを示唆する光景であった。
ツバキは飛竜のサツキの目を見て叫んだ。
「サツキ。サツキはこのまま引き返して村に戻って。」
ツバキはサツキの首筋を優しく撫でて言った。
「元気でね。相棒。」
ツバキはサツキから飛び降り、黒い大地へと頭から突っ込んでいった。大地に近づくにつれ、蠢く蟲の姿がはっきりと見えるようになった。カゲツノハムシは空中から接近するツバキに気付き、上空に昇る竜巻のようにツバキに向かっていった。




