第20話 狸の喜び
湖都ユマより北にはバルプロ山脈が東西に連なっている。南から吹く風が山脈にぶつかって上昇気流が発生し雨雲を作るため、山脈の南側は降雨量が多く、森林が広がっていた。山脈が水源となり、いくつもの河が流れ、その内の一つ、ユマ河はユマ湖へと流れていた。また、山脈は他国との国境の役割も果たしていた。
バルプロ山脈には竜の巣があって、山脈の南側の裾野に暮らす鱗の民は竜と共生し、独自の文化を形成していた。竹虎が当時の鱗の民の代表を討ち、領地として併合した。
ユマ河は湖都ユマを通ってさらに南下し、マドリーナ王国で最も大きな都市、クラングランを通過して海に至る。黄泉の大陸では珍しく、クラングランの人口の半数は人間であったが、市長は天使であった。竹虎と市長は海賊対策で揉め、仲は非常に険悪だった。湖都ユマより西側は大規模な農園で占められており、さらに西方にはいくつもの街が散在していた。
タタラと茶々丸が湖都を離れた後、王邸に残ったシヴァは狸と護衛官達と一緒に結界術の訓練をすることになった。タタラは狸を分福丸と命名した。名を与えられた分福丸は大喜びし、無数の自身の幻を王邸の中庭に出現させ、大騒ぎとなった。
シヴァは元々、末那の扱いに非常に長けていたため、自分の身体に憑依したタタラが発動した結界術の感覚を針の穴に糸を通すように正確に捉え、わずか2日で術を体得した。その後、シヴァは分福丸と護衛官達の指導にあたった。
シヴァは、3名の護衛官のエネルギーの扱いに感心した。彼らが身に纏うエネルギーは非常に濃密で、全身への循環が極めて滑らかであった。まるで、堰止められた水が一気に開放され、乾いた水路を潤していくかのように、エネルギーが少しも損なわれることなく全身を駆け巡った。
分福丸も3名の護衛官達も優秀で、彼らは結界術を習得するために何をするべきかを自分で考察し、行動することが出来た。そのため、手持ち無沙汰になったシヴァは芭蕉に声を掛けた。
「何か、することはねぇか?」
「やらなくてはならないことは山のようにあります。まずは国内の街や村にマドリーナ王国の建国とタタラ王即位の知らせを届けなくてはなりません。」
「私がどっかに連絡しに行ってやろうか。」
芭蕉はじろりとシヴァを見て、静かな声で言った。
「行ってもらいたい場所はあるのですが、その、あなたは言葉遣いが汚くて、それによってタタラ王の心象も悪くなり、だからとても不安です。」
「そりゃまた、はっきりと言ってくれるじゃねぇか。誰も細かいことは気にしねぇって。どこに行って欲しいんだよ。」
「北方の鱗の民の村です。竹虎様が亡くなり、タタラ王が即位したと知ると、もしかするとそのまま使者を殺し、独立を主張するかもしれません。」
「そりゃまた、とんでもねぇ場所に行かせようとするじゃねぇか。暇だから構わねぇけど。」
芭蕉はシヴァに通知書を持たせ、くれぐれも文書に記載されている以外の言葉を発しないよう、オウムに言葉を教えるかのように繰り返し言い聞かせた。また、通知書を読み上げた後、何もせず、どこにも立ち寄らず、つまり、余計なことは一切せず、直帰するようにと注意勧告した。
「タタラ王が王邸を出られる前に、北の空を見て呟いておられました。多くのヒトが恐怖と戦っている、と。どうか、お気をつけ下さい。」
シヴァは骨を集めて巨大な鳥の骨格を造り、その背骨に足を延ばせる程の大きな骨の椅子を取り付けた。
「ほいじゃぁ、行ってくらぁ。」
シヴァを乗せた鳥の骨格は宙を浮き、ユマ河に沿って北へと飛んで行った。その光景を見た芭蕉、護衛官、書記官は驚きのあまり、その日は仕事が手につかなくなり、寝込んだ。




