第131話 高天原の古代人
男は野太い声を発した。
「俺は銅鑼村から来た武津薙という。メレリンクアティスへ行く途中でこの街に寄った。失礼だが、あんたは赤の女王では?」
赤の女王は武津薙の目をじっと見て、口に入れた肉を丹念に噛み、のみ込んで言った。
「そうだよ。」
「やはりそうか。息子が、あんたのことが大好きなんだ。オリンピアでの優勝は見事だった。どうだろう、このテーブルに移ってもいいか?」
赤の女王はこくんと頷いた。武津薙は赤の女王の正面に腰を下ろした。百戦錬磨のこの男がいれば旅の危険性は大きく低減する。武津薙は不信感を抱かれないように、正直に、慎重に話を進めることにした。
「息子は、あんたのように強くなれたらどんなに素晴らしいだろうと言っていた。俺は、今、メレリンクアティスに向かっている。魔法の国だ。そこには最高の賢者が何名もいると聞く。ところで、あんたはこの辺境の地で何をしているんだ?」
「観光だよ。」
「観光?」
「色んな物を見て、色んな音を聴いて、色んな香りを嗅いで、色んな物に触れて、色んな美味しい物を食べて、色んな想いを感じる。そんな風にして、世界を満喫してるんだよ。」
赤の女王はキラキラとした目でそう言った。
「では、次はどこに行こうと考えているんだ?」
「高天原だよ。」
高天原は銅鑼村の東にあり、武津薙が生まれ育った郷である。
「もし、あんたが良ければだが、俺と一緒にメレリンクアティスまで行ってくれないか?」
赤の女王は首を横に振った。
「申し訳ありませんが、それは出来ません。方向が違います。それに、同行するとなると、あなたに対して、それなりに責任が生じる。あなたに何かあれば、あなたの家族に申し訳が立たない。俺は、今は、気ままに旅をしたいんだよ。」
それを聞いて、武津薙はむしろ安心した。赤の女王は『責任』と言った。悪人や、思慮の浅いヒトはこういう種類の言葉を口にしないものだ。武津薙は、この男は信用に足る人物だとみてとった。
「実は、俺は高天原の出身なんだ。メレリンクアティスに寄ってもらえると、その後は高天原を案内する。高天原には美味しい物がたくさんあるんだ。」
赤の女王は少し考えて、唐突に言った。
「高天原には古代人がいると聞きました。あなたが俺と古代人を引き合わせてくれるなら、同行を考えても良いですよ。」
武津薙は絶句した。咄嗟のことで、驚きの表情を隠し切れなかった。そして、この顔色を見られたことで、自分が古代人についての知識があることを赤の女王に悟られたと思った。
おそらく、赤の女王は話の流れから、偶然その質問をしたのではなく、武津薙の反応を見るために、わざと突然そう聞いてきたのだろうと武津薙は思った。古代人のことを知らないと答えると、明らかに嘘だと思われる状況となったことから、武津薙は正直に、短く返答することにした。
「ああ、分かった。」
「では、あなたとメレリンクアティスまで一緒に行くから、古代人について、あなたが知っていることを全部聞かせてくれませんか?」
武津薙は逡巡したが、古代人について口外するなと注意されているわけではなく、また、赤の女王が古代人という言葉を知っていたことを思うと、古代人についてある程度の知識をすでに有しているということでもあるので、話すことにした。
「古代人とは極めて高い文明を有していた時代の人間の生き残りだ。その文明が崩壊した後、連中は来る日も来る日も、世界の行く末について議論した。政治、司法、経済、宗教、哲学。色んな分野で、必要な物とそうでない物を区分し、いくつもの方法論と多様な選択肢を見出し、それらをさらに深く精査して、研究した。そして、必要な時代に、必要な地域で、必要な人々に、必要な知恵と知識を授け、ヒトの世界の成り立ちを支えてきた。まるで、世界の道標のように。」
「ふうん。」
赤の女王の反応があまりに薄かったため、ほとんど知っている内容であったのだろうと武津薙は思った。
「あなたが俺を古代人と引き合わせてくれるのですね?」
赤の女王は念を押して武津薙に聞いた。
「ああそうだ。ところで、メレリンクアティスには峠の道を行きたいんだ。非常に危険だが、山を西に迂回していると、あまりに時間がかかりすぎる。一日でも早く家族の元へ帰りたいんだ。」
「いいですよ。」
武津薙は明日の早朝、街の南口に集合しようと言い、赤の女王はそれを了承し、二人は別れた。




