第130話 殺人の業
街を一望出来る丘の上で、赤の女王は胡座をかいて瞑想していた。
赤の女王の身体から外側に向かって力場が徐々に拡大していき、目に見えない斥力によって塵埃が周囲に弾けていった。力場の拡張を止め、強大な斥力の壁を保持し続けることに集中した。
一刻程して、赤の女王は斥力を解いた後、赤黒い腕輪に末那を凝集させた。腕輪はまるで液体のような動きを見せて腕から離れ、球体へと形を変えて、宙を浮いた。球体は猛烈な速度で遥か上空へと飛び、星の成層圏に達し、さらに高度を上げて宇宙へ出た。
そこで球体は剣に変形し、元の地上へと降って行った。剣は赤の女王に近付くと速度を落とし、ゆっくりと地面に突き刺さった。赤の女王は瞑想を止め、二つの技、『全の鳴動』と『赤の女王』の訓練を終了した。
赤の女王は大きく伸びをした後、立ち上がって街へと下りて行った。彼は気ままに世界を放浪する旅人であったが、ヨミ大陸の最南東に位置するマドリーナ王国を訪れた時に、タタラ王に勧誘されて諜報大臣に就任した。今回の旅では、タタラ王から一つの依頼を受けていた。それは、1万3000年生きているとされている古代人と接触し、長命の真髄について聴取することだった。
「今日は何を食べようかな。お肉か、お魚か、お蕎麦か、おうどんか。」
赤の女王は、ひどく物腰柔らかな丸みを帯びた声で独り言を言いながら、街中を歩き、安くて美味しいお肉が食べられるお店に入った。
赤の女王は非常に優れた第7感の末那識を有していた。店内にいる全てのヒトの末那を知覚し、不自然な程に大きな悪意を持つ者がいないことを確認した後、席についた。店員が来ると、悩むことなく牛肉と柔らかいパンと葡萄ジュースを注文した。新たに来店する者の末那は全て知覚して注意を払い、料理が運ばれてくると、周囲を警戒しつつ、食事を楽しんだ。
赤の女王が周りを執拗に注視するのには理由があった。旅をしていると、賊に襲われたり、誰かと敵対したり、誰かを守るために殺人をすることがあった。
赤の女王にとっては、その全てが正当防衛であったが、恨まれることが多分にあった。どのような理由であれ、一度でもヒトの生き死に関わると、自分もまた誰かに命を狙われることになる。そのため、常に他者の末那に注意を向けていた。
赤の女王は殺人の業を深く理解していた。ヒトを殺す時は、その理由やそれに至る経緯に関わらず、業を背負い込む覚悟を持った。
肉汁が溢れる美味しいお肉を頬張っていると、自分の方へと意識を向けている人物がいることに気がついた。暫くして、その者が席を立ち、赤の女王の方へと歩いてきた。
赤の女王は肉を切るためのナイフに末那を込め、相手の末那に変化が生じれば、刺すか喉を切る体制を整えた。しかし、男の末那には悪意は感じられなかった。
彼の末那はまるで山奥にある泉のように静かで暗く、途切れた血筋のように悲しみで溢れていた。




