第129話 千家の獅子王
銅鑼村を出て最初の街に入り、ヒトに顔を見られない様に俯いて歩いた。大きな街ではなかったが、繁華街はヒトでごった返しており、新鮮な果物や野菜、肉や魚、工芸品や衣服を売る店が連なっていた。
淡い朱色が目を引くアマダイや車海老が陳列されており、それを見た武津薙は大和に食べさせてあげたいと思った。旨味がいっぱいに詰まったホタテも大和の好物だった。
海から距離のある銅鑼村では、魚介類はご馳走で、食卓に並ぶことはあまりなかった。武津薙は一人でそれを食べるつもりは毛頭なかった。
通りには多様なヒトが往来していた。千家の姿も少なくなかった。武津薙はふと、父が千家の歴史について語っていたことを思い出した。
五百年程前までは、千家の者達に対して、特定の呼び方をすることは差別だと考える者もいたが、現在ではそう考える者は皆無だった。パンゲア大陸が、まだ戦国の時代であった頃、大陸の大部分を統一したのが千家の獅子王であった。
人間は人間、天使は天使、千家は千家で構築された社会が一般的であった時代において、獅子王は人種にこだわらず有能な者達を集め、それぞれに適した役割を与えた。初めは小さなコミュニティにすぎなかったが、次第に拡大し、国となり、大陸を統一するまでとなった。
獅子王は千家と人間は違うと主張した。彼は、見た目が違う種族を同じだとするのは不自然であり、大切なのは違いを隠さず、相互に認め合い、尊重することだと人々に説いた。千家同士でも多様な外観をしていることから、この考えは広く受け入れられるようになり、獅子王による統一以降、千家は胸を張って、自分達は千家だと言うことが出来るようになった。彼は千家、人間、天使の全てを含め、ヒトと呼んだ。
獅子王の没後、国家は複数の国に分割されたが、彼のささいな偏見も無い思想は脈々と後の世代に受け継がれた。
武津薙は父が千家の話を通して、他者を無能と決めつけていた自分に忠告をしていたのだろうと、今になって思った。ヒトの大切な想いに、気付くことが出来るような人物になれたのは、家族のおかげだった。
武津薙は、これまで他人と旅をしたことが無く、また、どの様にして用心棒を雇えばよいのかさっぱり分からなかったことから、とりあえず適当な店に入り、簡素な食事で腹を満たすことにした。
彼は席に着いて、うどんを注文し、顔を伏せつつ辺りを探った。店には大勢の客がいたが、屈強そうな者は見当たらなかった。人々は酒を飲み、談笑し、開放的であった。その姿は、定められた運命から解き放たれたかのようであり、自分との間に見えない境界線を彼に想起させた。自分はあちら側には行けず、あちら側からもこちら側には来ることができない孤絶さを武津薙に感じさせた。そこには平等はなく、不平等もなく、ただ隔たりがあった。
自分が、硬い殻の中に閉じ籠った二枚貝のように思えた。武津薙は辺りを探るのを止め、正面を向いた。テーブルの向こうには肉を美味そうに頬張っている男がいた。その男の恰好を見ると、彼は街で暮らしている風ではなく、旅の途中である様に感じられた。
武津薙はどことなく、彼に見覚えがあった。すぐには思い出せず、彼をしばらく眺めていると、男はすっと武津薙に目線を合わせてきた。武津薙は、はっとした。何故、彼がこんな所にいるんだと疑問に思った。武津薙は確信した。間違いない、彼は赤の女王だと。
パンゲア大陸の四大国の一つ、クルーセットの首都クリスタルパレスにある闘技場で、オリンピアと呼ばれる闘技大会が開かれる。優勝者には莫大な賞金と最上の名誉勲章を与えられる。クルーセットの王、マルコは天使であり、彼は幼少の頃から世界中を巡り、多様なヒトと関わり合いを持って人脈を築いた。獅子王の様に、ヒトに対する偏見を持たず、陽気な性格も相まって、彼は四天王と呼ばれる四大国の各王のまとめ役であった。
マルコが治めるクルーセットは多様な人種が住む自由の国であった。そんなクルーセットで開催されるオリンピアは、四大国とその周辺国からも参加者が集う、大規模な祭典だった。そして、前々回に開かれたオリンピアの優勝者が赤の女王であった。
銅鑼村の複数の家族と共に、武津薙一家はクルーセットに旅行したことがあり、その時にオリンピアを観戦した。
「男のヒトなのに、女王っていう名前で選手登録しているんだね。どうしてだろう。」
大和がこう言ったのを覚えている。それもあって、一回戦から彼に注目して観戦していた。大方の下馬評を裏切って、赤の女王は全く対戦相手を寄せ付けず、ただの一歩もその場を動くことなく決勝までいき、優勝した。圧倒的な強さだった。
大和は赤の女王にすっかり夢中になり、旅行中はずっと赤の女王の強さについて話していた。
武津薙は席を立ち、思い切って赤の女王に声を掛けることにした。




