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Dear World  作者: 山波 孝麻
第2章 赤の女王と漆黒の魔女
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第129話 千家の獅子王

 銅鑼村(どらむら)を出て最初の街に入り、ヒトに顔を見られない様に(うつむ)いて歩いた。大きな街ではなかったが、繁華街(はんかがい)はヒトでごった返しており、新鮮な果物や野菜、肉や魚、工芸品や衣服を売る店が連なっていた。


(あわ)朱色(しゅいろ)が目を引くアマダイや車海老(くるまえび)陳列(ちんれつ)されており、それを見た武津薙(たけつち)大和(やまと)に食べさせてあげたいと思った。旨味(うまみ)がいっぱいに詰まったホタテも大和(やまと)の好物だった。


海から距離のある銅鑼村(どらむら)では、魚介類はご馳走(ちそう)で、食卓に並ぶことはあまりなかった。武津薙(たけつち)は一人でそれを食べるつもりは毛頭(もうとう)なかった。


通りには多様なヒトが往来(おうらい)していた。千家(せんげ)の姿も少なくなかった。武津薙(たけつち)はふと、父が千家(せんげ)の歴史について語っていたことを思い出した。



 五百年程前までは、千家(せんげ)の者達に対して、特定の呼び方をすることは差別だと考える者もいたが、現在ではそう考える者は皆無(かいむ)だった。パンゲア大陸が、まだ戦国の時代であった頃、大陸の大部分を統一したのが千家(せんげ)獅子王(ししおう)であった。


人間は人間、天使は天使、千家(せんげ)千家(せんげ)で構築された社会が一般的であった時代において、獅子王(ししおう)は人種にこだわらず有能な者達を集め、それぞれに適した役割を与えた。初めは小さなコミュニティにすぎなかったが、次第に拡大し、国となり、大陸を統一するまでとなった。


獅子王(ししおう)千家(せんげ)と人間は違うと主張した。彼は、見た目が違う種族を同じだとするのは不自然であり、大切なのは違いを隠さず、相互に認め合い、尊重することだと人々に()いた。千家(せんげ)同士でも多様な外観をしていることから、この考えは広く受け入れられるようになり、獅子王(ししおう)による統一以降、千家(せんげ)は胸を張って、自分達は千家(せんげ)だと言うことが出来るようになった。彼は千家(せんげ)、人間、天使の全てを含め、ヒトと呼んだ。


獅子王(ししおう)没後(ぼつご)、国家は複数の国に分割されたが、彼のささいな偏見も無い思想は脈々と後の世代に受け継がれた。


武津薙(たけつち)は父が千家(せんげ)の話を通して、他者を無能と決めつけていた自分に忠告をしていたのだろうと、今になって思った。ヒトの大切な想いに、気付くことが出来るような人物になれたのは、家族のおかげだった。



 武津薙(たけつち)は、これまで他人と旅をしたことが無く、また、どの様にして用心棒(ようじんぼう)(やと)えばよいのかさっぱり分からなかったことから、とりあえず適当な店に入り、簡素な食事で(はら)を満たすことにした。


彼は席に着いて、うどんを注文し、顔を()せつつ(あた)りを探った。店には大勢の客がいたが、屈強そうな者は見当たらなかった。人々は酒を飲み、談笑し、開放的であった。その姿は、定められた運命から解き放たれたかのようであり、自分との間に見えない境界線を彼に想起させた。自分はあちら側には行けず、あちら側からもこちら側には来ることができない孤絶(こぜつ)さを武津薙(たけつち)に感じさせた。そこには平等はなく、不平等もなく、ただ(へだ)たりがあった。


自分が、硬い(から)の中に閉じ(こも)った二枚貝のように思えた。武津薙(たけつち)は辺りを探るのを止め、正面を向いた。テーブルの向こうには肉を美味(うま)そうに頬張(ほおば)っている男がいた。その男の恰好(かっこう)を見ると、彼は街で暮らしている(ふう)ではなく、旅の途中である様に感じられた。


武津薙(たけつち)はどことなく、彼に見覚えがあった。すぐには思い出せず、彼をしばらく眺めていると、男はすっと武津薙(たけつち)に目線を合わせてきた。武津薙(たけつち)は、はっとした。何故(なぜ)、彼がこんな所にいるんだと疑問に思った。武津薙(たけつち)は確信した。間違いない、彼は赤の女王だと。



 パンゲア大陸の四大国の一つ、クルーセットの首都クリスタルパレスにある闘技場で、オリンピアと呼ばれる闘技大会が開かれる。優勝者には莫大(ばくだい)な賞金と最上の名誉勲章(めいよくんしょう)を与えられる。クルーセットの王、マルコは天使であり、彼は幼少の頃から世界中を巡り、多様なヒトと関わり合いを持って人脈を築いた。獅子王(ししおう)の様に、ヒトに対する偏見を持たず、陽気な性格も相まって、彼は四天王と呼ばれる四大国の各王のまとめ役であった。


マルコが(おさ)めるクルーセットは多様な人種が住む自由の国であった。そんなクルーセットで開催されるオリンピアは、四大国とその周辺国からも参加者が集う、大規模な祭典だった。そして、前々回に開かれたオリンピアの優勝者が赤の女王であった。


銅鑼村(どらむら)の複数の家族と共に、武津薙(たけつち)一家はクルーセットに旅行したことがあり、その時にオリンピアを観戦した。


「男のヒトなのに、女王っていう名前で選手登録しているんだね。どうしてだろう。」


大和(やまと)がこう言ったのを覚えている。それもあって、一回戦から彼に注目して観戦していた。大方の下馬評(げばひょう)を裏切って、赤の女王は全く対戦相手を寄せ付けず、ただの一歩もその場を動くことなく決勝までいき、優勝した。圧倒的な強さだった。


大和(やまと)は赤の女王にすっかり夢中になり、旅行中はずっと赤の女王の強さについて話していた。


武津薙(たけつち)は席を立ち、思い切って赤の女王に声を掛けることにした。

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