第128話 黒トカゲ
武津薙が手ぬぐいで汗を拭き、力を抜いた瞬間に、頭上から何者かが彼の脳天に一撃を加えようと攻撃してきた。
体を動かす間もなかったが、武津薙はなんとか首だけを横にずらして致命傷を避けた。武津薙の肩に衝撃が走り、膝が地に着いた。
彼を襲ったのは白い靄のような者であった。その者は鎌鼬が武津薙を襲う様子を木の上から伺い、辛抱強く獲物の隙を狙っていたのであった。
武津薙は身を引くことをせず、目の前に降り立った白い靄に体当たりし、両者は地面に倒れ込んだ。武津薙は上半身を起こして、自分の体の下にいる者を見た。闇夜の中で、鈍く輝く白い靄は人型をしており、その不気味さに、武津薙は全身が総毛立った。
武津薙は短刀を素早く逆手に握り直し、力を籠め、人型の喉に位置する箇所を突いた。その瞬間、弾けるようにして白い靄は消えた。
「黒トカゲか。」
心臓の鼓動が全身を揺らさんばかりに激しく高鳴る緊張の中で、武津薙は奇怪な生物の名を口にした。
まだ故郷の郷で生活をしていた時に、郷の長老が黒トカゲの話をしていたことがあった。それは他者の末那を吸収して溜め込み、必要な時に体外へ発出して自身の周囲に力場を作り、獲物を狩る生物である。その力場は白い靄のかかった様相を呈した。
普段の狩りとは違い、自分も狩られる立場に立って、久方振りに武津薙は興奮状態になった。息子を想えば、いくらでも命を賭けられる。それでも、何の成果も出せないまま犬死するわけにはいかなかった。
故郷の郷を出て、銅鑼村にたどり着くまでの道のりを旅した時の武津薙は、人生に意義を見出せず、命の大切さも知らず、何もかもがどうでもいいと思える状態であった。
農業は生活の一部であったが、それ以外に生きる目的はなく、生きがいもなかった。生きたいという意志もなく、生かしてあげたいという慈愛もなかった。
しかし、今は全てが正反対だった。まだ死ぬわけにはいかない。決して。そのような想いが、強く武津薙の心を圧迫していた。
長い道のりを旅するには、一人では限界がある。武津薙は用心棒を道連れにすることにした。




