【35】
「アオーン。お前、強くなりたいんじゃないのか?」
真剣な声でクリスに聞かれ、アオーンは返事ができなかった。
確かに、召喚にこたえて現れてくれた母には「強くなりたい」と言ったが、次々と想像もしていないことが起こっていて、何が何だかわからなくなっているのだ。
ライラには「時間をかけて旅をするように」と言われたが、毎日襲われているし、のんびりできない気がする。
「俺はどうしたらいいんだろう」
独り言のように、アオーンの口をついて出たのは、疑問と希望が重なった言葉だった。
「それが本音か。わからないのも無理はないが、だったら流れに逆らわない方が楽なんじゃないか?」
「流れに逆らわないと溺れそうだなー」
「そのために俺たち同行者がいるんだろう。一つ言えることは、俺たちが持っていない力をお前が持っているということだ。それはお前が使いこなせるようにならないと、俺たちはどうしてやることもできないぞ」
「それって勝手にやれってこと?」
「そうじゃない。俺とカールは同行者だ。どんな事も共有する同行魔道士がいることで旅を続けられる。太陽の戦士には孤独が付きまとうが、諦めてはいけないと言われなかったか?勝手にやりたいなら独りで行け」
アオーンは、旅立ちの時に母から言われたことを思い出していた。
「母さん、そう言ってた。でも、なんで俺なんだよ。父さんでも母さんでもなくて、どうして俺が・・・」
クリスに向かって投げかけた質問は、ここに連れて来られてから今までずっと、頭から離れない疑問だった。
そもそもの始まりから理解できていない。簡単なことすらわからない自分がもどかしく、また何度か質問しようとしていたのにはぐらかされていた気がした。
アオーンの真剣な視線に、クリスは少し目をそらした。
「どう話したところで、まだ理解できないだろうから、結論だけ教えてやる。お前にこの世界の全てが託されている」
「なんだよそれ!!!!!」
思わずアオーンは大声を出してしまった。
「俺も信じたくないが、他に手がなかったんだ。はっきりとしないことを話すのは気が引けるが、この世界を手に入れようとするものが、その手段としてオーディンの魔力を欲しがっている。そうさせないための旅だと思ってもらって構わない」
「責任重大じゃないか」
クリスの話によると、アザラの山に封印されているオーディンの魔力を手に入れるには、封印を解くだけでいいらしい。
封印が解けると、復活したオーディンは忠誠を誓っているミトラ神の元へ向かうはずだが、闘神であるとともに魔神のため厄災をふりまくだろうと言われている。
封印された状態なら、頼れる守り神なんだそうだ。
「俺たちより先に封印が解かれてしまっては、何が起きるのか想像もできないが、だからといってここで諦められても困る。今、この世界で『太陽の戦士の資格』を持つのはアオーンだけだ。アザラの山は同じ人間を2回受け入れるところではないからな」
クリスの話は、今までで一番具体的な内容で、アオーンはすこし分かった気がした。
「他の人はいないの?ほんとに?」
「ああ、すでに終わっているものか、年齢的に達していないものばかりだ。1年猶予があればアオーンでなくてもよかったんだが」
(そうか。だから俺なんだ)
アオーンは気持ちの整理がついてきた気がしてきた。諦めに近い感情かもしれないが、納得することで前に進める気がするのだ。
「そうがっかりするな。お前にしかできないことがあると解っただけでも良かったじゃないか」
ほめられている?と疑問も残るが、クリスにしては優しい口調だった。
アオーンは剣をもって立ち上がり、持ち手の感触を確かめてから背中につけている鞘に収めた。
「魔法のことはまださっぱりだけど、あれって俺にしかできないことだったんだ」
「そうだ。この世界でたった一人、お前だけが使える技だ」
「そう言われると、ちょっと自信でてきたかも。ありがとう、クリス」
アオーンが素直にお礼の言葉を口にしたので、クリスだけでなくカールも驚いている。
「今の時点で、お前の剣を狙ってくるやつがいることは分かった。毎日襲撃をうけているから、これは間違えようがない。ただ、この先アザラに入れば、何が起きるかわからない。お前自身が強くなっていくしかないんだ」
言い終えると、クリスはアオーンから離れていった。
(『アザラの旅人』の同行者がこんなに働かされるとは思ってなかったぞ。後は任せていいか?)
アオーンに聞こえない独り言だが、カールには届いている。
(はい、ありがとうございました)
そんな二人のやり取りを知らないアオーンは、立ち上がってクリスを追いかけてきた。
「おい!なんでこの剣が狙われてるの?知ってるんだったら教えてよ」
クリスはもう答える気がないらしく、カールの隣に座り、渡されたカップからコーヒーをのんで寛いでいる。
「クリス、無視すんなよ!」
アオーンは食い下がってきた。
「いつものアオーンにもどりましたね。お茶飲みますか?」
何も知らないふりで、カールはお茶をすすめた。もちろん二人の会話は全て聞いてきたが、知られない方がいいと思ったのだ。
「ねえ、カールは俺の剣が狙われてる理由知ってるの?」
「はい、知っていますよ。さっきも言いましたが、剣を奪いたい輩が大勢いますから」
話しを聞いていたことを知られないように、クリスの答えとは別の理由をアオーンにわからせようとした。
「その剣は『鍵』なんです」
「鍵??どこの?」
「オーディンの封印です」
「えええええーーーーー!!!!」
驚きすぎたアオーンが大声で叫び、それを嫌そうにクリスが睨んでいる。
「でも、この剣は『太陽の戦士』しか使えないんじゃないの?」
「封印をかけなおすことは太陽の戦士にしかできませんが、鍵は誰でも開けられるんです。鍵を開けてから復活するまでには時間がかかりますから、その間に封印しなおすのが太陽の戦士の仕事ですね」
アオーンは自分の役割を知り唖然としていた。
オーディンはミトラ神に仕える闘神だが、その力が強大になったため封印されたらしい。それでもミトラ神に仕える気持ちは強く、太陽の戦士に自分の魂を宿した剣を託し、ミトラ神を守ることを誓わせるのだ。
「そのための旅と言えますね」
感情を発散て落ち着いたのか、アオーンはカールの隣に座り、すすめられたお茶を飲みはじめた。
「封印解いてかけなおすって・・・どうして?」
アオーンの疑問はもっともだと、カールはつい笑ってしまった。
「時間とともに力が弱まってきますから。より強い太陽の戦士がミトラ神につくことを、オーディンは望んでいるそうですよ」
「父さんはまだ元気だし、俺よりも強いよ」
「確かにそうですよね。本来なら、アオーンはアザラに行く必要もありませんでした。でも、太陽の戦士以外がその鍵を使ってオーディンを復活させようとしていたら?神殿を守る戦士以上の力を持っていないと、封印をかけなおすことができません」
色々な事情が重なり合って自分がえらばれた・・・アオーンはそう思えるようになってきた。
「俺は父さんのかわりに行くのか。それならちょっと嬉しいけど・・・」
「それは違います。代わりではなく、次の太陽の戦士として行くんです。今は旅人ですが、アザラに入れば戦士にならなければいけません。そのお手伝いをするのが同行魔道士ですから」
優しい口調の中に厳しさを感じる。そう思いながら、アオーンはカールの青い瞳をみつめ返していた。
「僕たちは、あなたを守るためにここにいます。無事に役目を果たし、旅を終わらせるために。まだアザラの門も見えませんが、同行者を信じてできることからやってみませんか?」
「もっと強くなれるってこと?」
「アオーンの言う強さがどんなものかわかりませんが、オーディンに認められるためには、全ての力をつかって立ち向かわなければならないと聞いています。魔法もその一つですが、そんなに急ぐ必要もありません。大丈夫、間に合います」
カールは話しながら立ち上がると、それに続いてクリスとアオーンも。
旅を続けるため、三人は歩き始めた。
三人の旅はまだまだ続きますが、次からは敵側のお話しの予定です。